Serve One Another

天網恢恢疎而不漏

クララオンラインと家本賢太郎社長から学んだ,ちょっとしたこと

今日は,珍しく,筆者の前職であるクララオンラインと家本賢太郎社長から学んだことをひとつ,書き出してみたい。ちなみに,以下のこと以外にも,非常に研究熱心であることは大きな美点だと思うが,これは論証を俟たないことなので,ここでは言及しない。

 

自慢もエネルギーのもと

家本社長の著書はお読みだろうか。基本的に,自慢話の連続である。官報を見る限り,毎年平均して3000万円の赤字を出していて,うなるほどあった資本金も激減しているので,数字だけを見ると,優秀な経営者という評価は困難だと思う(この辺の立ち入った話やリンク先は,和解協議の意向があるからということで,今現在公開している以上の情報は一切追加できない)。

しかし,昔話したときのことを振り返っても,ブログを見ても,何というかウキウキ感満載で,ヘリとか自転車とか楽天の社長とかワインとか何十周年とか……自慢話が引きも切らない。

つい最近までは,このように数字不相応の自慢ばかりしている事から明らかなように,彼は幼稚で,自らの非行を棚に上げてプライドだけを守ろうとしたので,無用に紛争の拡大を招き,株主始め多くの人に迷惑をかけるのだと批判的に考えていたが,あまりの退屈さに負けてスピノザの『エチカ』を手に取ったところ,こんなことが書いてあった。

 

第4部定理53

謙遜(劣等感)は徳ではない。すなわち,理性からは生じない。

証明

謙遜は人間が自己の無能力を観想することから生じる悲しみである。しかし,人間が自己自身を真の理性によって認識する限り,かれは自己の本質を,言い換えれば,自己の能力を認識するものと思われる(第3部定理7による)。だからもし人間が自己自身の観想するにあたり,自己のある無能力を知覚するとしたら,それは彼が自己を真に認識することから来るのではなくて,むしろ彼の活動能力が阻害されることから来るのである……(以下略) 

 

第3部定理7

各々の物が,自己の有に固執しようと努める努力は,その物の現実的本質にほかならない。

証明

各々の物の与えられた本質から,必然的に色々なことが生ずる。また物は,その定まった本性(ほんせい)から必然的に生ずること以外のいかなることをも為しえない。ゆえに,各々の物が,単独であるいは他の物とともにある事をなし,あるいはなそうと努める能力ないし努力,言いかえれば,各々の物が自己の有に固執しようと努める能力ないし努力は,その物の与えられた本質,すなわち現実的本質にほかならない。

 

要するに,今君ができる事こそが君の本質じゃん?それが理性的にわかっていれば,今君ができる事について考えるし,実際できる事をやるじゃん?それなのに,劣等感を抱いてネガティブになって,あれもこれもできないって悩むのは理性的じゃないぜという事だ*1が,筆者には,けっこう思い当たる節がある。

 

鳥商社を設立して以降,母からは,一度だけ「会社を作ってから天狗になった」と叱られたことがあるが,筆者は,基本的には,会社を作ったことも,売却したことも,tOriPayのことも,何もかも,聞かれなければ,必要以外の人には言わなかった。一見すると秘密主義のようだが,ウソをつくのはいやなので,聞かれたら最低限のことは答えていたから,秘密主義というつもりではなかった。

ちなみに,多摩信用金庫の担当者や,クララオンラインの同僚から,皮肉*2で「社長!」みたいに言われるのは,相当にしんどかった。立場上そういう事になっているというだけで,筆者自身が,その辺の荷担ぎ労働者と比べて本質的に何か違うものではないということは,筆者自身が一番よく分かっていたからである。

 

こんな僕でも社長になれた

こんな僕でも社長になれた

 

 ▲ふつう,「社長」になるのは,嬉しいことらしい。筆者の場合,アイデンティティの置き場所が分からなくなって,精神的に不安定になった。

 

要するに,良くも悪くも自信がないので,恥をかく可能性が少しでもある以上は,なるべく表に出たくなかったのである。実際,筆者のSNSの使い方の下手さは,知人全員がひとり残らず知っている。

しかし,失業者らしく膨大な空き時間を手に入れてみたところ,今度は,この時間の使途に困るようになった。何か始めてみようと思ったはいいものの,今ひとつ情熱的になれない。生活がかかっている,義務である,などの理由があれば動けるのに……と歯がみした。

この原因は,もしかすると,自分の挙げた成果を人に見せず,黙っておく習慣にあるのではないか,と,家本社長について考えた結果,ひらめいた。周囲を見渡せば,インスタは大流行しているし,ZOZOの社長はTwitterで宇宙旅行を自慢しているし,友人もみな,大きな名誉と金銭を手に入れるべく,その進捗をちょくちょく自慢しながら,がんばっている。

一方,筆者の態度は,家本社長いわく,

 

「君さ,マルクス主義経済の学者みたいな話し方をするよね。ぼくの親が学者だから,周りに沢山いた。よく知ってるよ。本当に話し方,考え方が似てる」

 

というわけである*3。少なくとも,宇宙旅行と相容れないのは間違いない。「オレのことは今日から,MZと呼んでくれ!」なんて,一生言えないだろうなあ。成功を自慢する意味での自伝なんか,間違っても出版しないだろう。ちなみに家本社長の自伝は,中国語版まで存在する。鳥商社関係の失敗談は,面白いからそのうちKindleで出版するかもしれない。

 

f:id:nyaku37:20181021011552j:plain

 ▲中国語版『僕が15で社長になった理由』。「收入」だと「年収」か「営業利益」に取られかねない気がするのだがいいのだろうか(売上高が五億と言いたいのだと思う)。

 

先日,用事があってルミネエストの8階飲食店街に(22年生きて初めて)足を踏み入れたが,他人に見せびらかす以外に効能がない服を着た若者がひしめき合っていて,ものの30秒で体調が悪くなった。既に混雑していて,しかも,内容物の割に価格が高い飲食店のために並ぶ人々の気持ちが,やはり一切分からず,改めて,もう都心には住めないと観念させられた。それでも,このルミネエスト的な空間こそが,同年代の多数のみならず,家本社長はじめ,人々が生きている舞台なのである。

 

筆者はもう,ヤミの資本も暴力事件も懲り懲りであるが,あちらの世界から,人に自慢するという目標を持てば,何かにのめり込むことができるということは,学んでもよいかなと思った。

狭小住宅問題も解決して電子ピアノも広げたことだし,このブログで大々的に自慢することを目的に何か頑張ってみようか。

 

(手書き原稿から書き起こし)

*1:と思う

*2:信金の担当者は多分皮肉ではないのだが,筆者は「こんな民生用の安アパートで「社長」なないだろう……と死にそうな思いだった

*3:どうせ関係者が見ているので念のため書き加えておくが,この発言自体は相当に妥当なので,思い出話として紹介しているまでであって,批判等の趣旨ではない