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天網恢恢疎而不漏

狭小住宅の弊害

なんだか真面目くさったタイトルだが,今日は狭小住宅の弊害について語りたい(明日以降,久しぶりに鳥商の話も続編を書くつもりだ)。

東京都では,家賃の高騰が続いている。筆者も東京に実家があった時期がかつてあったのだが,それ以後は高知市薊野という田舎が「実家」となってしまったので,必然,上京以降は家賃を意識しつつ暮らしてきた。

そこで,上京以後の借家遍歴を紹介しつつ,狭小住宅の弊害についてお話ししたい。

 

狭小住宅でも何とかなること

 

勤労者として生きていくことはできる。

これは一応,「どこにでも住むことができる」の前提となる事実であって,そこそこ重要なポイントである。

ちょっとかみ砕いて伝えると,毎日問題なく起臥して,就労して,家賃ぐらいは払える,という意味である。

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上の折りたたみベッドは,つい先日まで3ヵ月間の間,筆者が,杉並区の狭小住宅で起臥に供していた4990円の折りたたみベッドである。 

親父に一晩使用してもらったところ「全身が痛い。とてもたまったものではない」と言っていたが,筆者は普通にこれで生きていた。

就労をしていたわけではないが,社会活動*1は普通に営まれていたといえる。ちなみに,当時の間取りがこれだ。

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うーん頑張ったというか……

面積は,たしか9.6平米であった。これでも人は生きていける。

そのことを,いまでは胸を張っていえる。

ちなみに,それ以前は,しばらく港区の狭小シェアハウスに住んでいた。

 

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とはいっても,専有面積(10.6平米)以外の部分にキッチン・洗濯機・トイレ等があるので,杉並区の狭小住宅よりは問題が少なかった。

そろそろ,狭小住宅の弊害を紹介したい。

 

狭小住宅の悪循環

狭小住宅は,生計を維持するには十分である。

しかし,文化的な生活をすることは,一切できないというべきだ。

文化的な生活とは,趣味を持ったり,進歩的な目標に向けて努力したり,友人と交わったり……というような事である。

これらの文化的な生活を営むためには,金銭,時間,空間の3要素が欠かせない。狭小住宅に済めば,なんとかして金銭と時間を調達しても,空間がないという,解決に大変手間と費用がかかる問題に直面する。

引っ越しにはカネがかかる。とくに,洗濯機や冷蔵庫ほか白物家電を入れ替える必要がある場合は,影響がめちゃくちゃでかい。

入れ替えをする場合は,

人生において9回も引っ越しをしたことがある筆者の経験で言えば最低15万,さらに引越費用で5万円は免れない。借家の初期費用は,だいたい15万円から20万円を持って行かれるが,これも別勘定である。

こうすると,人はまず「断捨離」を考える。

つまり,文化的な生活など不要だと考えることにして,趣味関係のものを持たなかったり,捨てたりするのである。

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(狭小住宅に住む前の,日野市のアパート。26平米。これも狭小と言えば狭小だと主が,家賃が4万5千円と安かった。しかし,ここから前職の*******に通勤するためには,8時00分の京王線急行*2に乗る必要があった。中目黒とは格が違うのである)

 

筆者も,半分ぐらいこれに引きずり込まれ,不要不急であるという理由で,これら狭小住宅に済む前のアパートで所有していたもの(主に書籍)を,9割捨てた。かつて,月3万円ぐらいかけて買いそろえた書籍は,今日では8冊しか残っていない(実測)。

港区狭小住宅でも,残る電子ピアノやロードバイク等はかろうじて廃棄を免れたが,電子ピアノを広げる場所がないなどしょうもない理由で,立てかけたまま放置されたロードバイクは,方南町駅前の駐輪場に留置された

 

かつて,通販の仕事でお付き合いさせていただいている某氏から,

「君は,いつまでも無趣味だからいけない。もっと趣味を持って,他人と関わっていかないと,世界は広がらない」

とお叱りを受けたことがある。

実にご尤もなご指摘であったが,よくよく考えたら,実家にいた頃,無趣味であると指摘されたことはない。

むしろ,趣味に充てるお金が足りないことで日々困っていて,自転車を買うカネを貸してくれとお袋に泣きついたこともあったし*3,人生初の賃金で高級イヤホン*4を買ったこともある。

何が「無趣味」の原因なのだろうと,今日になって考えた。某氏と話したのは,もう2年前のことなのだが。

そこで行き着いたのが,狭小住宅という答であった。

 

文化的な生活には空間が必要

色々な事情があって,筆者は今,となり駅は埼玉県である東村山市のマンションに住んでいるのだが,ここの専有面積は69平米である。

 

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むろんその全部を使っているわけではないが,少なくとも,アイロンとアイロン台を和室に置きっぱなしにすることで,乾いた洗濯物はすぐにアイロンするサイクルを確立できたり,電子ピアノを購入以来はじめて展開できたり,

ロードバイクにママチャリ用のカゴを設置して攻守に長けたバイクを作れたりとか……「ものを持っているのに使えていない」という状況は,全部解消できたように思う。

そういう訳で,これからの若い人には,よほど人付き合いがうまくて,趣味がなくても友だちを作れるし,寝る以外に自宅に用はないという人でない限り,狭小住宅には住まないことをお勧めしたい。

東京のちょっとだけいい大学に行けるから*5とか,最低賃金が985円だからとかそういう理由で,実家を出てはいけない*6

 

というのも,プライベートな趣味,同人活動を契機として形成できる他者とのつながりと隔絶された生活においては,酒やタバコ,ギャンブルといった,消費型の娯楽しか享受することができない。

そのうえ家族とも引き離され,否応なしに,孤独の度が増す。

そんな生活の中で,趣味の世界を介して他者とつながる余裕のない狭小住宅に住んでいると,どうしても,消費型の娯楽に流されてしまう。気の持ちようの問題ではなくて,他者と話しても話題がないし,趣味のサークルに参加しようとも趣味が実践しにくいので,そうならざるを得ないのだ。

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これが筆者の「酒代・菓子代」の推移(3月以降は正確)であるが,港区の狭小シェアハウスを出たことで(趣味ができないのは変わらないが,狭くなってかつ孤独になったことで),色々とヤバい人たちとの係争があったことを考慮しても,着実に増加している。

今月からはなんとか減少しそうだが(先月も,このうち近所のシャトレーゼで費消した分が3000円ぐらいあるので,「酒代」は減っている),つまりそういうことである。

 

という訳で,個人的には,(多くの場合狭小ではない)実家という場所からなるべく出ることなく,出たとしても狭小ではない場所で多くの人がすめる社会のほうが望ましいな,という感想を,ここ3年で強く持った。そして筆者も出なければ良かった。

 

というのも,筆者の考えでは,パチンコやスマホゲーム等自己完結型,消費型の娯楽しか享受できない人が多くなれば(≒よほど外向的でない限りは,これらの娯楽以外享受できないということになれば),社会的な断絶や少子化,低技能労働者の増加といったものはどんどん促進されて,

文化的土壌の乏しい社会が形成されるばかりか,秋葉原や,最近では東海道新幹線の事件宜しく,社会そのものの破壊を企図した犯罪も増加し,なんだかんだで全体的に不幸になるビジョンが目に見えるからである。

 

最近こんな漫画(『健康で文化的な最低限度の生活』)を買って読んだのだが,まさにこういうことなんですよね。

 

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*1:主に*******・*****氏への抗議活動であるが

*2:特急ではない

*3:貸してくれなかった

*4:Yamaha EPH-100という合唱部らしい趣味

*5:みんなが思っているほど儲からない。

*6:高知短期大学に行っておけば,裁判所3種に受かっていれば……と思うことは今もあります