Serve One Another

天網恢恢疎而不漏

狭小住宅をやめるとわかること

前回に引き続き,狭小住宅をやめることのメリットについて話したい*1

 

実家に居たころはそれなりに趣味があったのに,今や「無趣味だ」との非難をほしいままにしている筆者であるが,最近,重要なことを思い出した。
なんと,「分からない事は,暇な時間があればいつでも資料を取り寄せて調べ,研究することができる」といういわば当然のことを思い出し,5年ぶりに図書館に足を運んだ。そして,その書籍の束を,どうどうとリビングの机に置いたのである。

先日までは,狭小住宅のために精神的な余裕がなく,また作業机に置くとそのせいでほかの作業が一切できなくなるので,書籍を借りることも買うことも徹底的に控え,書類という書類はスキャンして捨てていたのである。


5年ぶりというのは,ちっとも大袈裟な議論ではない。高校生の頃に,高知城下の図書館に行って以来,すこしも図書館を利用していないので,5年ぶりなのである。
もっとも,本を読んでいなかったわけでない。Kindleを利用して読んだ書籍の数は100冊を下らない。統計的には,筆者は,月間3冊弱の本を読んでいる。しかし,その時間も空間もなかったので,図書館で実際の本を手に取ることはしていなかった。

 

近頃はよく,夜になると外で活動することができず,屋内でも,眠いから注意力を要することはできないので,あまりにも手持ち無沙汰であるから,つい飲酒に向かっていた。
しかし,全日本断酒連盟のウェブサイトによれば,飲酒習慣自体に問題があるというより,なぜ酒を飲まずに生きてこられなかったのかという根本の所に問題があるのであって,これを解消しない限りは,何度でも再飲酒することになるという。

 

「酒」ではなく、自分の問題として認めることです。 私たちはあまりにも多くのものを失ってきました。 「酒が好き」だけでは説明できません。私たちには飲む理由がありました。 酒の力を借りなければ心の安定が保てなかったからです。 飲み過ぎてアルコール依存症になったのではなく、依存症になるまで飲まなければ生きて来られなかった…この事実を認めることです。


……あまり禁酒の話をすると,筆者が相当重度のアル中であるかのような印象を与えてしまうので良くない*2が,結局この観点に立ち,飲酒をそもそもしていなかった高校以前の時代に,答を見出そうと考えた。

すると,例の高知城下の図書館*3で本を借り,読んでいた頃の筆者を思い出すことができた。
たしか当時は,家があまりにも貧しいので,職安に通う傍ら*4この図書館に出向き,ルソーの『人間不平等起源論』を読んだことがある。やべえよ……意味分かんねえよ……


人間不平等起源の話が始まると思いきや,ルソーの自分語りが先に出てきて,しまいには家庭教師か何かのお姉さんがきれいだとかそんな話に至り,困惑したことを覚えている。
そんなことはどうでもよいのだが,つまり,昔は,分からないことがあったら調べることにしていて,その為の主要ソースとして図書館があったのである。

ところが,最近は,昔と同様に色々な疑問を思いつくし,経営者をクビになってからは,その時間もあったのに,まったく調べものをせず,分からない事は,なかったことにしていた。


さらに記憶を掘り返すと,大学に行っていたころは,三鷹市井之頭の狭小県人寮を拠点に,少しは調べものをしていた。何かしらの質問をする目的で教授の研究室に突撃したり,教授の自宅近くの喫茶店で,時間を取ってもらったこともある*5。当時はブックオフで毎月2万円前後を費消していたという記録も残っている。
その書籍類も今では8冊しか残っていないのであるが*6,図書館は利用していなかったものの,まだまだ,知的好奇心が残っていたのである。

 

そこから転々と転居を繰り返したものの,書籍はハコに入れて大事にしていたのであるが,当時勤めていた*******未払賃金を請求したところ,翌朝一番に呼び出されて保管場所の占有を取り上げられて,『処分同意書』なるものにサインさせられてしまったので,ほぼ全部なくなった。おー怖い怖い……

特に大事なので手元に置いていたものさえも杉並区の狭小住宅で処分のやむなきに至り,現在の8冊に行き着くのである。

 

▼座右の書。金銀の価格変動のところは読み飛ばして一向に差し支えないので,経済活動の本質を理解するために読むべき一冊*7

国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)

国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)

 

 

 

なお,コンピューターで調べものをすることは,基本的にはない。「参照する」程度のことはするが,メディアとしては一切信用していないのだ。
情報をアウトプットするツールとしてのコンピューターは信頼しているが,インプットするツールとしては,よほど工夫された暗記用のサービスを除いて,使い物にならない。


小学生みたいに何でも書き写すのが良いというわけではないが,コンピューターの場合は,人間が手を動かしてページをめくる場合と違い,ごくわずかの労力によって画面の内容自体をスライドさせることで情報をインプットするので,どうにも記憶に残らないのだと思う。夏見たドラマの内容をいちいち覚えていないのと全く同じことで,オーディオビジュアル的な情報の摂取手段は,感覚を刺激する能力には秀でているものの,あまりにも受動的であるために,思索の用に供する情報には適さないように思う。


禁酒の話に戻るが,こういうわけで,かつては,分からない事は書籍を調達して調べていたし,このブログの昔の記事だって,よく見れば当時読んでいた書籍の内容が色濃く反映されている。
ところが,本をハコから出すことが空間的にも時間的にもできなくなってから,どうも,ものすごく反知性的な生活習慣になっていたようだ。

 

「時間的に」の部分は後の記事に譲るが,みなさん,内向的な性格の人は,都心の狭小住宅に住むとバカになって酒浸りになりますよ。


ちなみに大学に行くと,生涯賃金は4500万円増加するが,実家から出て上京するのであれば,生活費だけで年に120万円は掛かるはずだし,学費も入学金を含めれば平均的に毎年100万円はかかるというべきだから,1000万円弱を費消するといってよいだろう。
親に借りてもらうにせよ,自分で借りるにせよ,1000万円を卒業後35年かけて返済すると,利息総額は400万円にも及ぶ。
とすれば,そのメリットは3000万円程度に過ぎず,中目黒のマンションひとつ購入することができない。残業代が出ないことで有名なクリエイトエス・ディーの廣瀬泰三社長のような六本木のマンションなど,ゆめのまたゆめだ。

 

善良な生活習慣がすでにあるのに,これを放棄し,または結果的にこれが破壊されるような状況を自分から作り出してまで,東京に来ることはない。来るとしても都下に留めておこう。おじさんとの約束だ。

*1:あーバカみたいだ。じゃあ上京当初から,八王子かどこか,家賃が安いアパートに住んでおけば良かったよ

*2:純量にして毎日平均40ミリリットルぐらいを飲んでいる

*3:県立図書館。市立図書館に統合するということで,潰されてしまったらしい

*4:学校権力に屈服するのがいやだったので,高校の就職課にはいっさい話を持ち込まなかった

*5:ケインジアン岩井克人先生である

*6:残りは捨てたものが大部分,貴重なものはスキャン代行サービスに出してしまった

*7:アフィがついてますが筆者のじゃなくてはてなブログのです

メモ……最近見聞した,議論に負けないための方策

※全然お勧めしません。次回記事の下準備と,自分用のメモ書きとして。

1・抽象的な議論に対して個別具体的な例外を持ち出し,個別具体的な例外が解決されるまで,抽象的な議論を拒む

例:

「ネコは夜行性であるかどうか」という議論に対して:

A:ネコは夜行性であるという資料は手元にありますが,これに対する反証はありますか。

B:そんなことより,ここに一匹のネコが歩いています。ネコが夜行性であると言うならば,なぜこのネコは今歩いているのでしょう

A:いえ,今はそのネコの話ではなくて……

B:いやいや,これは大問題です。このネコの問題が解決されない限りは,ネコが夜行性であるかどうかを検討しても意味がありません。ネコが夜行性であると主張するならば,なぜこのネコが昼間なのに歩いているのか,説明してください。

夜行性のネコだってたたき起こせば昼間から歩き回るのですが,このように例外を利用すれば,議論をストライキできます。この場合,「夜行性である」の定義を明確にすれば膠着を打破できますが,多くの人は突然議論の場に引きずり出されて,そこまで頭が回りません。

 

2・相手がある主張をする動機や目的が不当であるとの疑いを提起し,主張そのものの当否に関する議論を回避する

例:原子力発電は水力発電よりも効率的であるか否かについて:

A:このように,過去10年間の統計データによれば,原子力発電は水力発電よりもコストパフォーマンスに優れるとの結論が得られます。ご反論はありますか。

B:待ってください。これは,どちらがコストパフォーマンスに優れているかという問題ではなく,原子力発電を推進したいというあなたの動機がどこにあるかという問題です。当方の調査によれば,あなたは,原子力発電所の建設計画地に50坪の土地をお持ちです。

A:その土地はそうかもしれませんが,水力発電が効率的であるという根拠を示してもらえませんか。

B:ほら,やっぱり持っているじゃないですか。つまり,あなたが原子力発電のほうがコストパフォーマンスに優れると主張するのは,根拠があるからではなく,その方が,あなたの儲けになるからではありませんか

 この場合,Aさんが原子力発電のほうがコストパフォーマンスが高いと主張するのは,根拠があってなおかつ自己に有利だからだとみるのが自然ですが,AかBかという選択肢を示されると,ついA∩Bを忘れてしまう人間の性質を利用すれば,このように,水力発電についていっさい調査をすることなく,議論をかわすことができます。

 

最近の保守政治家について思うこと

ちかごろ,杉田水脈議員や片山さつき議員の話題が,絶えない。

 

女性の社会進出が足りない,もっと管理的地位に就かせろと言っていた人たちに対する,安倍首相一流のパンチが効いた皮肉,換骨奪胎だと思う。

 

元来,筆者は保守的な考え方を持っている。

まずもって,保守的でないものは(物理的に)うるさい。これは体質の問題でしかないのだが,ボールバーティーのようなアメリカンなもの,ヒッピー音楽的なもの,これらの騒音を受けると,筆者の場合,たちまち混乱,動転し,意図しない言動に出てしまう。

こういう混乱状態のときの言動に限って人に見られており,やり玉に挙げられ,これが原因で,よく失脚させられてきた。

というわけで,騒音の激しい場所には行かないようにしているのだが,どうしてだろう,「リベラル的な空間」というのは,往々にして騒々しい。

田舎よりも都会のほうがリベラル的であるが,都会は騒々しい。

リベラル的な都市ナンバーワンの渋谷区は,表参道を取っても原宿を取っても道玄坂を取っても,騒々しい。

あまつさえ,群衆の前で変な恰好をして注目を集めるのが楽しいというような,混雑や騒音そのものをエンターテインメントに転化するような事さえ行われている。

また,リベラル的な思想というのは,その多くが欧米諸国から来ているのであるが,欧米諸国は騒々しい。

 

かつて港区に住んでいた頃,あの慾望の街ーー六本木まで徒歩5分であったが,あの交差点を自転車で駆け抜けるときの恐ろしさは忘れられない。交差点の全ての角に,魑魅魍魎たる黒服のインド人?が立ち塞がっていて,日本の一般的なそれとは別の秩序,結界が張られているようにしか思えないのである。

おまけに,コンビニや飲食店の店員はほとんどが外国人労働者であり,相応の威圧感がある。深夜になれば路上に繰り出してきてストロングゼロを片手に騒ぐ。しまいには,港区が傭ったガードマンまで外国人になっていた。

ある種の経営者の間では,六本木に住むことがある種のステイタスとなっているようだ。しかし筆者は,経営者をクビになってから,これ幸いとばかりに,喜んで港区から撤退した。圧倒的歓喜であった。

 

こういうわけで,リベラル的空間というのは,筆者にとって,往々にして,生活の平穏を害する騒音空間なのである。他方で,いつもやり玉に挙げられる日本会議の……いや,神道の神社というものは,なんと静かなことか!

高校時代は,よく高知城前の山内神社*1の境内で授業をサボり,ハトを眺めて過ごしたものである。神社は静かであるばかりか,圧倒的に涼しい。

田舎に行けば,駅前にも不要不急の店舗がない。不便ではあるが道路も広く,ゆとりがある。地代が安いので,物価も安い。

このような形で,伝統的な日本,リベラル的思想や外国の文化に開拓されていない日本は,筆者に結構大きな幸福をもたらしてくれる。そういう意味で,筆者は日本が大好きだし,保守政党も大好きだ。

 

いっぽうで,この記事をわざわざ書いた理由は,最初に名前を挙げた2名を含む保守政治家らに,ひとつ,重大な点が欠けていると思わざるを得ないからである。

知識人,文化人の皆さまが,保革問わず書いてくれないので,後年忘れないためにも自分で今書くことにした。

仲間を守る,身内を守るという同胞意識が,近年の保守政治家には圧倒的に欠けている。三島由紀夫の演説を読んで抱く違和感と,同じものを覚える。

悪政や腐敗を打倒するのも,アメリカ軍の押しつけたる昭和憲法を粉砕するのも,天皇陛下を奉るのも大変結構だと思うのだが,決定的に,同胞たる日本人やその福利への配慮が欠けていると言わざるを得ない。全部が概念なのである。

ここまで言及がないと,単なる票田もしくは頭数,あるいは納税者としてのみ利用しようという魂胆なのではないかと疑わざるを得ない。

伝統的に,一国の文化と国土,人民はセットで考えられてきたはずだ。代々にわたって日本に土着してきた日本人を抜きにして,日本の伝統や文化なるものを観念することはできない。

 

ところが,安倍首相が「取り戻す」という日本というのは,アベノミクスひとつ取っても,日本に土着している人民の地位を無視して,日経平均株価やGDPのようなデータの上でバブル期以上に反映している「日本」であるように思える。

あくまでのデータの話であるから,生活の実感として昔より豊かであるかどうかという問題は,この場合考慮されない。

表面上のデータ,または教育勅語のようなゲイシャフジヤマ的な記号を「日本」の実体であると信じ込んでこれを追求する姿勢には,とりわけ大きな危険を覚える。

記号崇拝というのは,フランス革命ナチスドイツ,日本赤軍のような,最終的には暴力へと堕していった「革命的勢力」が,例外なく通ってきた道である。

表面上のデータが富そのものであると思い込み,自らの生活や,社会とのつながりに関係がない場所,他者との表層的な比較の中に成功があると思い込む姿勢は,多くの経営者や投資家を,金融犯罪や反市場勢力,暴力団との付き合いに誘っていった地獄への道である*2

要するに,地に足がついていない,観念主義の保守なのである。

 

筆者が求めている保守政治というのは,理念または観念としての「日本」を取り戻す政治ではなく,実際に福利の高い生活として,日本にために長年勤労に励んできた同胞が,その果実を,いつでも日本から離脱しうるという意味において日本に何ら責任を負わない外国人に横取りされることなく,社会全体への分配によって享受することができる政治なのである。

 

筆者は無論,一般的なリベラル的勢力が提示するような,不法滞在者が,血税の負担において不法に日本国籍(や生活保護)を得ることができる社会には不賛成である。

しかし,いっぽうで,現在の保守政治のもとでは,その外国人さえも,低賃金労働者として,日本の産業界に青春の3年ないし5年間を搾取されるなど,いいように利用されていると感じざるをえない。それが日本人労働者の賃金の下方修正にもつながっているのだから,皮肉である。

 

ここ1年ぐらい投票用紙が来ていないが,今度はどこに入れようか。ちなみに,選挙権を取得して以来,「革新勢力の脅威に怯える自民党政権が一番まともだ」との観点から,機械的共産党候補に入れている。きっと,次回もそうするだろう。 

*1:やまのうちじんじゃ。何を隠そう,土佐藩主山内家の氏神様である

*2:最近はSNSを通じて,下層労働者までもがこの道に引きずり込まれているので,地獄絵図を感じる

狭小住宅の弊害

なんだか真面目くさったタイトルだが,今日は狭小住宅の弊害について語りたい(明日以降,久しぶりに鳥商の話も続編を書くつもりだ)。

東京都では,家賃の高騰が続いている。筆者も東京に実家があった時期がかつてあったのだが,それ以後は高知市薊野という田舎が「実家」となってしまったので,必然,上京以降は家賃を意識しつつ暮らしてきた。

そこで,上京以後の借家遍歴を紹介しつつ,狭小住宅の弊害についてお話ししたい。

 

狭小住宅でも何とかなること

 

勤労者として生きていくことはできる。

これは一応,「どこにでも住むことができる」の前提となる事実であって,そこそこ重要なポイントである。

ちょっとかみ砕いて伝えると,毎日問題なく起臥して,就労して,家賃ぐらいは払える,という意味である。

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上の折りたたみベッドは,つい先日まで3ヵ月間の間,筆者が,杉並区の狭小住宅で起臥に供していた4990円の折りたたみベッドである。 

親父に一晩使用してもらったところ「全身が痛い。とてもたまったものではない」と言っていたが,筆者は普通にこれで生きていた。

就労をしていたわけではないが,社会活動*1は普通に営まれていたといえる。ちなみに,当時の間取りがこれだ。

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うーん頑張ったというか……

面積は,たしか9.6平米であった。これでも人は生きていける。

そのことを,いまでは胸を張っていえる。

ちなみに,それ以前は,しばらく港区の狭小シェアハウスに住んでいた。

 

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とはいっても,専有面積(10.6平米)以外の部分にキッチン・洗濯機・トイレ等があるので,杉並区の狭小住宅よりは問題が少なかった。

そろそろ,狭小住宅の弊害を紹介したい。

 

狭小住宅の悪循環

狭小住宅は,生計を維持するには十分である。

しかし,文化的な生活をすることは,一切できないというべきだ。

文化的な生活とは,趣味を持ったり,進歩的な目標に向けて努力したり,友人と交わったり……というような事である。

これらの文化的な生活を営むためには,金銭,時間,空間の3要素が欠かせない。狭小住宅に済めば,なんとかして金銭と時間を調達しても,空間がないという,解決に大変手間と費用がかかる問題に直面する。

引っ越しにはカネがかかる。とくに,洗濯機や冷蔵庫ほか白物家電を入れ替える必要がある場合は,影響がめちゃくちゃでかい。

入れ替えをする場合は,

人生において9回も引っ越しをしたことがある筆者の経験で言えば最低15万,さらに引越費用で5万円は免れない。借家の初期費用は,だいたい15万円から20万円を持って行かれるが,これも別勘定である。

こうすると,人はまず「断捨離」を考える。

つまり,文化的な生活など不要だと考えることにして,趣味関係のものを持たなかったり,捨てたりするのである。

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(狭小住宅に住む前の,日野市のアパート。26平米。これも狭小と言えば狭小だと主が,家賃が4万5千円と安かった。しかし,ここから前職の*******に通勤するためには,8時00分の京王線急行*2に乗る必要があった。中目黒とは格が違うのである)

 

筆者も,半分ぐらいこれに引きずり込まれ,不要不急であるという理由で,これら狭小住宅に済む前のアパートで所有していたもの(主に書籍)を,9割捨てた。かつて,月3万円ぐらいかけて買いそろえた書籍は,今日では8冊しか残っていない(実測)。

港区狭小住宅でも,残る電子ピアノやロードバイク等はかろうじて廃棄を免れたが,電子ピアノを広げる場所がないなどしょうもない理由で,立てかけたまま放置されたロードバイクは,方南町駅前の駐輪場に留置された

 

かつて,通販の仕事でお付き合いさせていただいている某氏から,

「君は,いつまでも無趣味だからいけない。もっと趣味を持って,他人と関わっていかないと,世界は広がらない」

とお叱りを受けたことがある。

実にご尤もなご指摘であったが,よくよく考えたら,実家にいた頃,無趣味であると指摘されたことはない。

むしろ,趣味に充てるお金が足りないことで日々困っていて,自転車を買うカネを貸してくれとお袋に泣きついたこともあったし*3,人生初の賃金で高級イヤホン*4を買ったこともある。

何が「無趣味」の原因なのだろうと,今日になって考えた。某氏と話したのは,もう2年前のことなのだが。

そこで行き着いたのが,狭小住宅という答であった。

 

文化的な生活には空間が必要

色々な事情があって,筆者は今,となり駅は埼玉県である東村山市のマンションに住んでいるのだが,ここの専有面積は69平米である。

 

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むろんその全部を使っているわけではないが,少なくとも,アイロンとアイロン台を和室に置きっぱなしにすることで,乾いた洗濯物はすぐにアイロンするサイクルを確立できたり,電子ピアノを購入以来はじめて展開できたり,

ロードバイクにママチャリ用のカゴを設置して攻守に長けたバイクを作れたりとか……「ものを持っているのに使えていない」という状況は,全部解消できたように思う。

そういう訳で,これからの若い人には,よほど人付き合いがうまくて,趣味がなくても友だちを作れるし,寝る以外に自宅に用はないという人でない限り,狭小住宅には住まないことをお勧めしたい。

東京のちょっとだけいい大学に行けるから*5とか,最低賃金が985円だからとかそういう理由で,実家を出てはいけない*6

 

というのも,プライベートな趣味,同人活動を契機として形成できる他者とのつながりと隔絶された生活においては,酒やタバコ,ギャンブルといった,消費型の娯楽しか享受することができない。

そのうえ家族とも引き離され,否応なしに,孤独の度が増す。

そんな生活の中で,趣味の世界を介して他者とつながる余裕のない狭小住宅に住んでいると,どうしても,消費型の娯楽に流されてしまう。気の持ちようの問題ではなくて,他者と話しても話題がないし,趣味のサークルに参加しようとも趣味が実践しにくいので,そうならざるを得ないのだ。

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これが筆者の「酒代・菓子代」の推移(3月以降は正確)であるが,港区の狭小シェアハウスを出たことで(趣味ができないのは変わらないが,狭くなってかつ孤独になったことで),色々とヤバい人たちとの係争があったことを考慮しても,着実に増加している。

今月からはなんとか減少しそうだが(先月も,このうち近所のシャトレーゼで費消した分が3000円ぐらいあるので,「酒代」は減っている),つまりそういうことである。

 

という訳で,個人的には,(多くの場合狭小ではない)実家という場所からなるべく出ることなく,出たとしても狭小ではない場所で多くの人がすめる社会のほうが望ましいな,という感想を,ここ3年で強く持った。そして筆者も出なければ良かった。

 

というのも,筆者の考えでは,パチンコやスマホゲーム等自己完結型,消費型の娯楽しか享受できない人が多くなれば(≒よほど外向的でない限りは,これらの娯楽以外享受できないということになれば),社会的な断絶や少子化,低技能労働者の増加といったものはどんどん促進されて,

文化的土壌の乏しい社会が形成されるばかりか,秋葉原や,最近では東海道新幹線の事件宜しく,社会そのものの破壊を企図した犯罪も増加し,なんだかんだで全体的に不幸になるビジョンが目に見えるからである。

 

最近こんな漫画(『健康で文化的な最低限度の生活』)を買って読んだのだが,まさにこういうことなんですよね。

 

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*1:主に*******・*****氏への抗議活動であるが

*2:特急ではない

*3:貸してくれなかった

*4:Yamaha EPH-100という合唱部らしい趣味

*5:みんなが思っているほど儲からない。

*6:高知短期大学に行っておけば,裁判所3種に受かっていれば……と思うことは今もあります

32ヶ月前の裏アカで自分を見つけてしまった(無修正)

衝撃的な日である。

じつは,Twitterの隠しアカウントを発掘し,32ヶ月前の自分を発見してしまった。

記憶している限りでは,もっとも不幸感の強かった時期である。三鷹市の土佐寮という県人寮で,自ら買い入れた多数のゴミに囲まれ,休日は,昼の12時にワインをファミリーマート*1で買っては,2本空けてから床についていた頃である。

もちろん,現在の私の各種の事情,状況から,開示できないツイートもある*2。しかし,それ以外のものであって,おもしろいものを,なるべく,ここで掲載してみたい*3。ここで私が恥をかいたところでどうというわけではないのだが,32ヶ月前にこういうことを言っていた奴が,いまでは,こういうことを言っている(最近の記事)のだなあ,という一点に興を感じていただき,読者様なりの感想を持っていただければ十分なのである*4

というわけで,ご笑覧あれ。

★「氷結」がうまい

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最新のツイート。このツイートを最後に,アカウントは放置されていた。

「氷結」は,沖縄出身の,私のオヤジが好きなお酒である。いつもグレープフルーツ味を飲んでいた(飲んでいる)。

したがって,今でも,オヤジのことを思い出したいときは,オリオンビールと並んで,買うことがある*5。当時もそうだったらしい。

でも,ウォッカベースの酒なら悪酔いしにくいということは,事実であるような気もする。

★セブンコードの皆さま

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当時付き合いがあった会社のお話しである。そのころは,西新宿の高そうな高級マンションに本社があった。今ではそこを引き払ってどこかに移転したらしい。

(このころ,事業を立ち上げて3ヶ月ぐらいである)

当時は目をかけてもらった覚えがある。私も,それ相応のお金は,支払った。今ではどうしているか,よく分からないが,健勝を祈るばかりだ。

グリーン車で遊ぶ?

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どこかから,東京に戻ってきたらしい。

グリーン車で遊ぶというのは,新幹線のことではない。当時(今もそうかな?)は,周遊パスや18きっぷを利用して,780円のグリーン券だけで遠方に赴き,ほぼ何もしないで帰ってくる遊びが流行っていたのである。

乗り鉄おそるべし。

★家賃85,000円

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私の家賃ではない。

今にして思えば,ワンルームで家賃85,000円というのは,大学を出たとしても過剰な家賃であると思う(これ以上の家賃のところに住む人もいるが,それは大体において,住宅補助が出たり,社宅であったりするから住むのである)。

美容的な価値はこれから下がるのに,ひとは生活水準を,だんだんと上げて行きたがるし,そうなるに違いないと信じているものだ。

もう2年以上前のものだが,少し心配になってくる話である。

★中華は良い

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何の中華であるかは一切分からないが,よかったようだ。

中華な両替サービスtOriPayを立ち上げるのは,この1年5ヶ月後である。

★土佐鶴

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土佐寮らしい趣味である。

しかし,今は,何をどう考えても司牡丹(甘口)のほうが美味だと思っている。

たぶん見栄を張ったのだと思う。ばーかばーか。

★慧眼

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我ながら慧眼である。

勉強したところで騙されるじゃん思考力がどうこうといったツッコミはさておき,

自分の利益にならない政策を支持して死んだ人は死屍累々である。インスタやらネットやらで消費欲求ばかり刺戟されるのに,

賃金が一切上がらない若者は本当に気の毒である*6

貧困層がリリース

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まだ100万人ぐらいしかリリースされていないのに,この変わりようである。相当すごいことになるに違いない。

私は,当時から一貫して,身近な人の方が大切なので,抽象的全般的な外国人の生活条件向上よりも,日本国民のそれを優先すべきという立場である。

外国の人は,その国のひとが助けてあげるべきであるし,戦時難民以外は普通そうなのではないかと思う*7。あるいは共済でも作る……?

★後悔しかない

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うーん……

同感である。当時の記憶を掘り起こせば,たしかに,今思ってもそんな感じだ。

この後5月に鳥商日本株式会社を立ち上げるが,それは非常に良い経験をもたらしてくれたので,この後,舵を切ってハッピーにやっている*8のだと理解してほしい。

しかし,書いてあるとおり,評価をぶつけ合うだけの議論には意味がない。この点は改めて強調したい。

★つよくいきて

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前記の鳥商社自体,社会に居場所がないと思ったから作ったのであるが,

それを裏付ける投稿である。ちなみに,ここでいう「欺瞞」とは,コ●マ電気の販売員として,不要品を盛んに売りつける仕事のことをいう。

私にとって不要だからということで,当時から申し訳なさを感じつつ売っていたようだ。この感覚はいまでも一緒であって,創業後は,営業力の低さという形で表出する。

しかし,前記のインスタグラムなどを踏まえれば,私が必要とするものが,決まり切ったものや昔からあるような道具ばかりなのが,異常なのであって,もっと不要なものでも,面白かったりヒマだったりすれば,人は需要するものなのじゃないかとわかってきた。

賃金を踏み倒したのに,ヘリコプターを乗り回した社長もいるぐらいだし。

だが個人的には,そのような,欲の深いひとたちには付き合いきれない*9ので,庶民が型落ちのカローラを買えるのが当たり前の社会を取り戻すべく,労働組合の活動をがんばっている。

ブックオフのカフェが潰れる

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ここでいうブックオフとは,高知駅前のブックオフなのである。しかし,併設のカフェは,ちょうど今年に入って潰れている。

駐輪場がタダになるほど地代が安いのに。みんな高知

を助けて!

★ふみもーんの弁明

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うわあ中2臭い。プラトーン著,『ソークラテースの弁明』を改変したものだ。

ふみもーんというのは,私の本名(史門,湯桶読みでふみもーん)から来ている,昔の後輩が発案したあだ名である。嫌いじゃない。

安息日に……売って,というのは,当時,月140時間も従事した販売員の仕事のことだろう。土日は,とうぜん,かき入れ時だった。

今コメントするなら,不要なプリンターやパソコンを売るどころか,もっと卑劣な手段でゼニからゼニを生んで,それでいて,あたかもオレこそが良識,オレこそが社会みたいな顔をしている輩が非常に多いから,もうちょっとお天道様を見てもいいんだよ,とでもいうだろうか。労働組合の闇は深いのである*10

★一年一善

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交通機関だと思うが,何か手助けをしたらしい。簡単な英語が話せるからだと思う。

イスラムの人,この時から,ますます増えてきた。正直なところ,私は多文化共生的なユートピアよりも,平成10年代ぐらいの,穏当で平和な日常に帰って行きたい。あのころのほうが,国語の表現もゆたかだった。

しかし安倍首相の方針もあり,イスラムの人は帰るどころか,二倍,三倍して押しかけてくるのだろう。その時,今のアパートを明け渡して平穏に退去できるように,地方でも喰っていける実力を付けなければ*11

★上司は新入社員

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派遣のバイトをやってみて,あまりのひどさに,閉口したときの投稿である。たしか,ためしに,クレジットカードの勧誘か何かをやってみたのだと思う。

その時のマネージャーが派遣屋の新卒社員で,上記のとおりの有り様だった。

有意義っぽい仕事をしていても頭が悪くなることはあるので,その点は訂正したいものだが,この頃から不本意就労の羽目に陥って,不幸な生活をしていたようだ。

そりゃあ酒浸りにもなるわ!そして,現在に感謝しよう。

 

***

ご笑覧いただけただろうか。

衆人環視のもとでタイムカプセルを開けるという暴挙をやってみたつもりだが,普通はこっそりと開けるものなので,皆さまには,普通のタイムカプセルとして,ちょっと裏アカを作ってみることをオススメしたい。

昔の思考を辿ってみると,内向的な人生も,2倍,3倍と楽しめることになりますよ。

 

*1:井之頭四丁目店

*2:羞恥心がどうこう,といった問題ではない。しかも全体の1割ぐらい

*3:最近の考え方として,金銭のためにウソばかりつく人種に対するアンチテーゼという趣旨と,隠し立てするのも逆にめんどくさいと言うことで,なるべく自らをさらけ出していく方針です

*4:また,『こっちは遊びでやってるんだよ!』というブログ(https://ken-horimoto.com/)に感銘を受けたことも要因である

*5:平生は,もう少し安いお酒を買うようにしている

*6:私も若造だが……

*7:反例募集中

*8:その過程でブラック企業に衝突してしまうのであるが,これは相手が良すぎて,誰も頼んでいないのに犯罪行為を繰り返しはじめたお陰で,私の方は,いわば助かっているのだが,それはまた後日

*9:六本木とかで見聞したその界隈の話は,近いうちにまとめたい

*10:皆さまご存知,**某********は,凡庸なブラック企業なのである。この辺も,後日別の記事で

*11:本来なら,そんな実力などなくても,普通の生活ができる権利を持って生まれてきたと,思っていたんですけどね

他人の生い立ちは圧縮ファイル

私は,他者との関わりが,極めて希薄である。

今に始まった事ではない。小学校高学年のあたりから,そうなのである。思えば,小学校5年生以降,誰かを遊びに(「会わないか」,と)誘ったことは,数えるほどしかない。

 

・小学校5年頃,板橋区成増在住の友人を,テレビゲームをしないかと誘った

・中学校2年頃,千葉県松戸市在住の友人ら2人を,足かけ3回ほど,カラオケに行かないかと誘った

・中学校3年頃,豊島区目白在住の友人ら5人を,カラオケに行かないかと誘った

・高等学校3年頃,高知県窪川町在住の友人ら2人を,カラオケに行かないかと誘った

・大学1年頃,三鷹市大澤在住の友人を,遊園地に行かないかと誘った

 

……

自分でも冗談のようにしか思えないが,以上が,ここ11年で他人を遊びに誘った行為の,ほとんど全てだと思う。

もちろん,これら以外にも,遊びに行ったこと,ご飯を一緒にしたことは,多々あった。それらは,ほとんど全部,相手から誘われて,断る理由がなかったので,出向いていったものである。

書き起こしてみると,社会通念上客観的に見て,相当に少ないことがわかる。

いや,実際は,他人に同じような質問をしたことがないから,社会通念では何が普通なのか,などわからない。

しかし,これが一般的に考えられる水準よりも,著しく少ないことぐらいは想像がつく。

 

そうすると,必然的に,おまえは,他人に興味がない冷徹な人間なのか,という趣旨のツッコミが入る気がする。

しかし,それはそれで違う。別にそういう事ではないというか。

他人の身の上話を聞くことは,基本的には,大好きである。本人が話したがっているのに,聞かないのは失礼だ,という考え方もある。

だから基本的には聞く。理解はする。しかし,真に寄り添えているかというと,それは全然,そうではないのだ。欺瞞的と言われても仕方がないぐらいである。

というのも,他人の全体験は,基本的に,私のそれとまったく異なる,そのひとに所与の時代背景や感受性を前提とされている。

その全体を,かぎられた時間(平均20分前後)で,かいつまんで聞かされることしか,私には,できない。

データとしては,デコーダがないから回答できない。そこで,文字コードぐらいは合致している別の既存デコーダをかろうじて適用し,データの破損に苦しみながら,限られた知識と能力で,最大限の理解を試みる。

しかし,どうしても,完全には理解することができない。そして,完全でない理解のしかたを前提として,その問題について意見すること自体が,いわゆる「失礼」となる。

そうすると,他人の身の上話を聞いた,大いに同情したはいいものの,何もリアクションを取ることができない,という状態に追い込まれるのだ。

それを,他人は「話を聞いていない」と解釈する。

ときには,個人個人の体験や思念とは別の問題として,抽象的な意味で,問題そのものを取り扱うことができる,思考力の高いひとも,いる。

そうした人と,社会問題(とされている)ことについて議論するのは,無上の喜びである。

しかし,話す相手,一緒に働く相手を選べないのが,人生なのだ*1

 

*1:地位確認請求訴訟を起こされた社長様には是非よく考えてもらいたい問題である

現実を現実として受け止める「ちから」

……上の記事を,読んだ。

お世話になっている弁護士屋さんが書いた記事だから読んだのだが,刮目すべきは,次の部分だろう。

私も、かつてある事案で、同様の言い訳を会社からされ、相手に弁護士がついてもその言い分を崩さなかったので、「このままでは差し押さえしますよ」と何度も警告をしたことがあります。ところが、それでも振り込んでこなかったので、仕方なく、あくまでも仕方なく、会社の取引先の債権を差し押さえたことがあります。

実は、賃金債権は証拠がしっかりあれば、いきなり差し押さえができるのですが、意外と知られてないのか、差し押さえられるまでは余裕綽々だった会社も、その代理人も、すぐに泣きを入れてきました。

 ……

弁護士とは思えないレベルの低さである。本当に差し押さえがおこり,赤っ恥をかいて信用を失うまで(客観的には,あそこは倒産したのか,という認識をされるだろう),

労働者の賃金なんか,払わなければそのうち諦める,踏み倒せる,差し押さえなんか起こりっこない(実績のある佐々木亮先生に警告されても)という「現実」に,社長も弁護士屋も,最後まで,しがみついたのである。

タイトルのとおり,「現実を現実として受け止めるちから」には,生来の優劣があるのかもしれない*1

現実ではないもの,事実ではないものを,あくまでも真実であると強弁するタイプのひとは,あまりにも多い。

私自身,以前働いた会社で,こんなことがあった。

社内にいたある弁護士に,子会社の登記を依頼した。そのひとは,快く引き受けてくれた。しかし数ヶ月後,「明日法務局に行く」とまで言っていたのに,なにひとつ,作業をしていなかったことがわかった。

そこで本人を問い詰めてみると,

「私は登記専門官ではない」「人事部長としての仕事*2もあったので忙しかった」

といった弁明に終始し,結局,一切の責任を認めなかったのである。しまいには,当初,登記のタスクを引き受けたことさえ否定し始めた。証拠が残っているのに……

この会社では,このようなケースが,とことん多発した。

都合の悪い現実はとことん否認する。100回否認すれば証拠自体がなくなる。そんな宗教を見ているかのようだった。悪夢だ。

私にとって,現実は,「認識」するものだ。しかし,かれらは,現実に対して,認否を表明できると信じているのだ!

このようなケースは,珍しかったのだろうか?

と思いきや,労働運動にかかわるようになり,様々なケースを,現場でも書面でも見るようになると,むしろ,これが普通なのだと思い知らされた。

採用面接時に,「今の仕事を辞めてきてもらうわけですから,2ヶ月でごめんなさいってことになると,大変なことになってしまいますから。それはありませんよ」とまで言ってのけた会社が,あっさりと,(具体的な非違行為をしたこともない)従業員に,雇止め解雇を通告する。

こうした会社に,団体交渉で不当性を指摘してみると,弁護士共々開き直るケースが,あまりにもおおい。

右の企業では,弁護士が,

「通常な成人男子の判断力があれば,面接時になんと言われようと,(「更新しない場合もある」と記載されている)契約書が絶対優先だと言うことはわかるだろう」

と迫った。

……?

通常な成人男子の感覚では,ない。

しかし,私が直接関与しないケースでも,こうしたパターンが,あまりにも多い。

そのうえ恐ろしいのは,このようなことに,明確なノーを突きつけた場合,遠からず組織から排除されるので,多くの場合,現実ではないものに拘泥する組織には,それを支持する大政翼賛会のようなスタッフが集まり,残るのである。

だから,以前話題になった某引越し会社のようなケースでも,会社があきらかに不当なことをしているのに,内部から声が上がらない。客観的に見れば順応する余地などないようなものに,順応してしまう。

結局,個人的には,ここ1年の間に,このような人々に,現実はこれです,証拠もありますと迫っても,まったく意味がないどころか,非現実主義の人間同士で団結して,反撃してくるということがわかった。

今後はなるべく,現実が現実であるということがわかる,冷静な人々を相手にしていきたいものである。また,私自身が「アッチ側」に回らないよう,気をつけなければなるまい。

 

*1:高い方がいい,高い方が成功するという趣旨ではない

*2:本人が,高い報酬と引換に,すすんで引き受けたものである