Serve One Another

天網恢恢疎而不漏

狭小住宅の弊害

なんだか真面目くさったタイトルだが,今日は狭小住宅の弊害について語りたい(明日以降,久しぶりに鳥商の話も続編を書くつもりだ)。

東京都では,家賃の高騰が続いている。筆者も東京に実家があった時期がかつてあったのだが,それ以後は高知市薊野という田舎が「実家」となってしまったので,必然,上京以降は家賃を意識しつつ暮らしてきた。

そこで,上京以後の借家遍歴を紹介しつつ,狭小住宅の弊害についてお話ししたい。

 

狭小住宅でも何とかなること

 

勤労者として生きていくことはできる。

これは一応,「どこにでも住むことができる」の前提となる事実であって,そこそこ重要なポイントである。

ちょっとかみ砕いて伝えると,毎日問題なく起臥して,就労して,家賃ぐらいは払える,という意味である。

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上の折りたたみベッドは,つい先日まで3ヵ月間の間,筆者が,杉並区の狭小住宅で起臥に供していた4990円の折りたたみベッドである。 

親父に一晩使用してもらったところ「全身が痛い。とてもたまったものではない」と言っていたが,筆者は普通にこれで生きていた。

就労をしていたわけではないが,社会活動*1は普通に営まれていたといえる。ちなみに,当時の間取りがこれだ。

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うーん頑張ったというか……

面積は,たしか9.6平米であった。これでも人は生きていける。

そのことを,いまでは胸を張っていえる。

ちなみに,それ以前は,しばらく港区の狭小シェアハウスに住んでいた。

 

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とはいっても,専有面積(10.6平米)以外の部分にキッチン・洗濯機・トイレ等があるので,杉並区の狭小住宅よりは問題が少なかった。

そろそろ,狭小住宅の弊害を紹介したい。

 

狭小住宅の悪循環

狭小住宅は,生計を維持するには十分である。

しかし,文化的な生活をすることは,一切できないというべきだ。

文化的な生活とは,趣味を持ったり,進歩的な目標に向けて努力したり,友人と交わったり……というような事である。

これらの文化的な生活を営むためには,金銭,時間,空間の3要素が欠かせない。狭小住宅に済めば,なんとかして金銭と時間を調達しても,空間がないという,解決に大変手間と費用がかかる問題に直面する。

引っ越しにはカネがかかる。とくに,洗濯機や冷蔵庫ほか白物家電を入れ替える必要がある場合は,影響がめちゃくちゃでかい。

入れ替えをする場合は,

人生において9回も引っ越しをしたことがある筆者の経験で言えば最低15万,さらに引越費用で5万円は免れない。借家の初期費用は,だいたい15万円から20万円を持って行かれるが,これも別勘定である。

こうすると,人はまず「断捨離」を考える。

つまり,文化的な生活など不要だと考えることにして,趣味関係のものを持たなかったり,捨てたりするのである。

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(狭小住宅に住む前の,日野市のアパート。26平米。これも狭小と言えば狭小だと主が,家賃が4万5千円と安かった。しかし,ここから前職のクララオンラインに通勤するためには,8時00分の京王線急行*2に乗る必要があった。中目黒とは格が違うのである)

 

筆者も,半分ぐらいこれに引きずり込まれ,不要不急であるという理由で,これら狭小住宅に済む前のアパートで所有していたもの(主に書籍)を,9割捨てた。かつて,月3万円ぐらいかけて買いそろえた書籍は,今日では8冊しか残っていない(実測)。

港区狭小住宅でも,残る電子ピアノやロードバイク等はかろうじて廃棄を免れたが,電子ピアノを広げる場所がないなどしょうもない理由で,立てかけたまま放置されたロードバイクは,方南町駅前の駐輪場に留置された

 

かつて,通販の仕事でお付き合いさせていただいている某氏から,

「君は,いつまでも無趣味だからいけない。もっと趣味を持って,他人と関わっていかないと,世界は広がらない」

とお叱りを受けたことがある。

実にご尤もなご指摘であったが,よくよく考えたら,実家にいた頃,無趣味であると指摘されたことはない。

むしろ,趣味に充てるお金が足りないことで日々困っていて,自転車を買うカネを貸してくれとお袋に泣きついたこともあったし*3,人生初の賃金で高級イヤホン*4を買ったこともある。

何が「無趣味」の原因なのだろうと,今日になって考えた。某氏と話したのは,もう2年前のことなのだが。

そこで行き着いたのが,狭小住宅という答であった。

 

文化的な生活には空間が必要

色々な事情があって,筆者は今,となり駅は埼玉県である東村山市のマンションに住んでいるのだが,ここの専有面積は69平米である。

 

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むろんその全部を使っているわけではないが,少なくとも,アイロンとアイロン台を和室に置きっぱなしにすることで,乾いた洗濯物はすぐにアイロンするサイクルを確立できたり,電子ピアノを購入以来はじめて展開できたり,

ロードバイクにママチャリ用のカゴを設置して攻守に長けたバイクを作れたりとか……「ものを持っているのに使えていない」という状況は,全部解消できたように思う。

そういう訳で,これからの若い人には,よほど人付き合いがうまくて,趣味がなくても友だちを作れるし,寝る以外に自宅に用はないという人でない限り,狭小住宅には住まないことをお勧めしたい。

東京のちょっとだけいい大学に行けるから*5とか,最低賃金が985円だからとかそういう理由で,実家を出てはいけない*6

 

というのも,プライベートな趣味,同人活動を契機として形成できる他者とのつながりと隔絶された生活においては,酒やタバコ,ギャンブルといった,消費型の娯楽しか享受することができない。

そのうえ家族とも引き離され,否応なしに,孤独の度が増す。

そんな生活の中で,趣味の世界を介して他者とつながる余裕のない狭小住宅に住んでいると,どうしても,消費型の娯楽に流されてしまう。気の持ちようの問題ではなくて,他者と話しても話題がないし,趣味のサークルに参加しようとも趣味が実践しにくいので,そうならざるを得ないのだ。

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これが筆者の「酒代・菓子代」の推移(3月以降は正確)であるが,港区の狭小シェアハウスを出たことで(趣味ができないのは変わらないが,狭くなってかつ孤独になったことで),色々とヤバい人たちとの係争があったことを考慮しても,着実に増加している。

今月からはなんとか減少しそうだが(先月も,このうち近所のシャトレーゼで費消した分が3000円ぐらいあるので,「酒代」は減っている),つまりそういうことである。

 

という訳で,個人的には,(多くの場合狭小ではない)実家という場所からなるべく出ることなく,出たとしても狭小ではない場所で多くの人がすめる社会のほうが望ましいな,という感想を,ここ3年で強く持った。そして筆者も出なければ良かった。

 

というのも,筆者の考えでは,パチンコやスマホゲーム等自己完結型,消費型の娯楽しか享受できない人が多くなれば(≒よほど外向的でない限りは,これらの娯楽以外享受できないということになれば),社会的な断絶や少子化,低技能労働者の増加といったものはどんどん促進されて,

文化的土壌の乏しい社会が形成されるばかりか,秋葉原や,最近では東海道新幹線の事件宜しく,社会そのものの破壊を企図した犯罪も増加し,なんだかんだで全体的に不幸になるビジョンが目に見えるからである。

 

最近こんな漫画(『健康で文化的な最低限度の生活』)を買って読んだのだが,まさにこういうことなんですよね。

 

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*1:主にクララオンライン・家本賢太郎氏への抗議活動であるが

*2:特急ではない

*3:貸してくれなかった

*4:Yamaha EPH-100という合唱部らしい趣味

*5:みんなが思っているほど儲からない。

*6:高知短期大学に行っておけば,裁判所3種に受かっていれば……と思うことは今もあります

鳥商のおもひで(7)

団体交渉のはなしに,戻る*1

 

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(セットアップが完了した当時の商品)

鳥商社を立ち上げ,県人寮の狭い部屋を,深圳から仕入れたタブレットPCと,ロシアから仕入れたソフトウェアでいっぱいにしていた私は,京王線のとある駅にほど近い,スーパーの本社で開催された団体交渉に,自信満々で臨んでいた。

自信というのは,「仮にここで負けてクビにされても,オレは食っていける」という自信である。今にして思えば,若干わけがわからないが,当時は,そう思っていたのである。

 

あの頃の会計帳簿は残念なことに持っていないが,もともと,資本というのは,友人の岡本君から調達した5万円しかなかった。

このように,何をどう考えても綱渡りの財務状況なのに,私は変に自信満々で,無駄に費用をかけて作った名刺を懐に入れて,団体交渉にのぞんだ

 

団体交渉では,清水委員長が,解雇の理由は何だと,普通の調子で追求しはじめた。そうすると,例のエリアマネージャーが,店舗の人との協調性がどうのこうの,と説明をはじめた。

しかし,その実際の動機が,牡蠣フライ事件にほかならないことは,わかっている。言い逃れができると思ったのか。

清水委員長がそのカードを切る直前,私は間抜けにも,相手の会社や弁護に対して見栄を張る目的で,個人事業の名刺を配付してしまった。

ああ!バカにも程がある!!!

 

折角だから解説をすると,解雇無効の争いには,審判や判決の日以降,じっさいに働いて賃金を得る意味と,審判や判決が出るまでの間,働く意思があったのに,会社のせいで働けなかったに過ぎないのだから,その間の賃金を払えという意味(バックペイ)の,ふたつの側面がある。

自営業の名刺なんか配ってしまうと,前者の面でみれば,「別の仕事を始めたから,スーパーで働く意思を放棄した(=したがって,解雇が無効でも,どのみち働かなかったのだから,解雇されていた間の賃金は,払わなくてもよい)という主張や,「会社のせいで働けなかったとしても,別の場所で働いて利益を得たのであるから,その分をバックペイから控除せよ」という主張に悪用される。

このときは清水委員長も困惑したのか,団体交渉の最中なのに,私に,しきりに抗議を申し入れてきた。私の方では,まったく訳を知らないからぽかんとしているのだが,ついに見かねたスーパーの弁護士が,「組合内で協議する時間を設けましょうか」といって,席を外そうと申し出た。

清水委員長がそれを受け入れたので,スーパーの弁護士や取締役は,別室に去っていった。最近は,失業者らしく暇を持て余しているので,清水委員長の団体交渉を傍聴するようにしているのだが,こんな椿事は,起こったことがない。プレカリアートユニオン結成以来比類のない,相当の迷惑をかけたと言ってよいだろう。

 

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(当時は,旅行に行くのが好きだった。石巻に行ったときの写真)

 

団体交渉は,休憩を挟んだ後,相手の弁護士のペースで進んだ。今でも,あのときほど決まりの悪い団体交渉を見たことがない。あれ,おかしいな,午後から休んでいるはずなのに体力が段々ゼロに……

団体交渉終了後は,なんで名刺なのか出したのかと,駅前のロイヤルホストで散々怒られた。私は,ロイヤルホストなんてブルジョア的じゃないかとか,どうでもいいことを考えながら,そうでしたごめんなさいと平謝りをした。

しかし,「落とした牡蠣フライを客に提供した」という事実自体が,相当に強烈だったのだろう。これを宣伝されることを恐れた会社は,結局,解雇を撤回した。そもそも週3で早朝働いていただけなので,額は少なかったものの,バックペイも,もらうことができた。

これに若干の慰謝料を合わせて,2ヶ月分の生活費ぐらいになっただろうか。私は,口座に振り込まれた示談金を,すべて事業資金に充当することにした。

 

鳥商社,初めての増資であった。

 

 

*1:ここ1週間,比較的体調を崩していたので,更新することができなかった

鳥商のおもひで(6)

平成28年5月25日,私は,三鷹市井之頭の県人寮で,鳥商日本株式会社の前身となる個人事業を開業していた。

 

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(当時の名刺裏面。法人化後なので,厳密には当時ではないが,デザインはだいたい同じ)

 

名刺に書いてあるとおり,コンピューターとソフトウェアの輸入販売をしていた。このうちコンピューターについては,今はなきはこBOONに負荷をかけまくり,毎日多数を朝晩問わず発送した。

何分,半分フリーターの生活である。今思えば,このやり方はクレバーだった。事業が不調でも,賃金所得があれば,生活自体は,最低限赤字にはならない。

創業を志す若者には,最低限,このように副業的にやるか,または,実家に住んで,家賃を払わずにすることを,強く勧めたい。この場合,うまくすれば,事務所家賃までタダになるのだ。大失敗*1をしても,食費ぐらいはカバーしてもらえる。これほど素敵な条件はない。

当時はウクライナ事変の影響があってルーブル安で,私は,コンピューターをこの頃精度が急上昇していた中国から,ソフトウェアをロシアから買ってこようと考えた。実際,この作戦は,それなりにうまく行った。

いっぽうで,立ち塞がったのは,商標法の問題であった。ロシアから購入してきたMicrosoft Office搭載の商品を,マイクロソフトディストリビューターではない私が,Microsoft Office搭載だと称して売ったら商標法違反になるのかどうか,という問題に,頭を抱えた。

 

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(時と場合とレートとによっては,お得になることがある。ただし,購入には色々なテクニックが必要。それを突き止めるのが仕事だった)

 

今でも強引な法解釈だと思うのだが,販売者が商標権者ではないのに,商標を利用することによって,あたかも商標権者であるかのように見せかけたので商標法違反,という判決が,このころ連発されていた。

もちろん,実際に逮捕されているのは,商標法で叩けなくても何かしらの法律で叩けなくてはならないような違法コピー屋さんなので,取り締まりが行われること自体は仕方がないと思うのだが,とはいえ,「こいつも怪しいかも知れない」と思われたら,正当に輸入しているから無罪という判決をどこかで勝ち取ったり,検パイ*2をいただいても,やっぱり逮捕は逮捕なので,家族関係を中心に,色々と問題は起こりそうであった。

むしろ,当時は今よりも,自分の身分が明らかになることを恐れていて,何事もこっそりとやっていたような気がする。今は,内閣府男女共同参画会議の議員さまであるクララオンラインの家本賢太郎を相手に,私が犯罪者かどうかという重要な問題を争っている関係上,通常考えられないほど何もかもをオープンにしているが,当時からそうしていてもよかった。

だがやはり,例のスーパーや学園祭実行委員会から解任・解雇されたお陰で,気が滅入っていたのだろう。追い出されてばかりである。

私は,私などが商売などして良いのだろうかと思いながら,なんだかんだ,深く深く調べて,みつけるのが楽しくて,商売に勤しんでいた。いつの間にか,それが主軸になっていた。

会計も,分からないながら,弥生会計を使って,付けはじめた。

 

予定では,次回記事でスーパーの団体交渉,その次で商標法について調べて走り回ったときのことを話したい。あくまでも予定だが。

*1:とはいっても,若者は何も持っていないので,自己破産したところで何一つ没収されるようなものがないことも,少なくない。私自身もやっぱり,そのクチである

*2:検察庁がゆるしてくれて釈放されること

鳥商のおもひで(5)

あっけないものであった。

私は,その場で制服などを没収され,スーパーを放り出された。

 

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(解雇の様子。黒塗り部分は,和解条項のためやむを得ず非開示)

 

人間同士の関係には,つねに,始まりと終わりがある。しかし,ほとんどの場合,始まりにも終わりにも,「話し合い」という過程が介在する。労働契約の場合,これは「採用面接」や「書類選考」にあたるだろう。

会社を辞める際にも,ふつうは,時期や条件,理由について,それなりに話し合った上で退職する。しかし,解雇というのは,これらの話し合いの一切をスキップして,一方的に,労働者を会社から追い出す行為である。

ここに,「解雇」という行為の特異性がある。

 

私は,スーパーを追い出された直後,動転して,自転車で出勤したのに徒歩で帰宅した。というのも,今後どうすべきか,必死で考えていたから,あれほど好きで高知から持ってきた自転車のことさえ,忘れてしまっていた。

 

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(高知から持ち出す際,まさに解体されようとする本件自転車)

 

私は,必死で記憶をたどり,プレカリアートユニオンという労働組合に電話をかけた。

 


この組合に知人がいたわけでも何でもないが,概して左寄りの国際基督教大学*1の効用か,かつて,引越社事件に関する宣伝が,Facebook上で流れてきたことがあったのである。

それで一度ウェブサイトを見たことがあり,そのときの印象が残っていた。

 

私は,家路を,急ぐこともないのに急ぎながら,プレカリアートユニオンに電話をかけた。清水直子委員長が電話に出た。この時,私の説明があまりにも要領を得ないので,結局何が問題なのかと,叱責された覚えがある。

その日か,またはその翌日,私は初台駅にあるプレカリアートユニオンに出向いて,清水直子委員長と面会した。

清水直子委員長は,大変さばさばとした人で,当時としては,コワい女の人だなあ,という*2印象を受けた。しかし,当時のやり取りにおいて,唯一覚えているのは,

労働組合は,サービスの提供を受ける場所ではありません。加盟や脱退はあくまでも自由ですが,労働組合を,安い弁護士だと思っていて,自分の件が片づいたら脱退してやろうと考えているのであれば,加入してもらわない方がいいかもしれない。

組合は,あくまでも,助け合いを行う場所です。そのことを理解して加盟してくれるのであれば,私や,組合の仲間は,助力を惜しみません。

 と,コワい顔で宣告されたことである。

私は,実をいうとコワかったので,つまり,この要求をはねのけて席を立つ勇気がなかったので,わかりましたと答え,組合に加盟した。

 

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(当時の労働契約書)

 

組合に加盟したところ,清水委員長は,その場で団体交渉申入書を作り始めた。これはプレカリアートユニオンの伝統のようで,今でも,加入と団体交渉申入書の作成は,セットとして扱われている*3

 

そして,この日から1ヶ月後,最初の団体交渉が開催された。解雇されたスーパーの本社前で,清水委員長と合流した。

しかし,この団体交渉に前後して,私は,鳥商日本株式会社を,正確には,その前身となる個人事業を,開業していた。屋号は,「穰商事」といった。

これは,祖父である前田穰からとったもので,親戚内では,顰蹙と賞讃を同時に集めた。私も前田穰も,賛否が鮮明に分かれる生き方をした人物であるからだ*4

 

私は,穰商事をすでに開業しているから,解雇なんかコワくないという,普通でない心構えを秘めて団体交渉に臨んだ。べつに隠していたわけではないが,清水委員長には,このことを知らせていなかった。

 

ようやく鳥商社が設立された。次回は,この団体交渉の様子と,穰商事の業容を中心に筆を進めていきたい。

*1:ちなみに,この解雇されたスーパーのすぐ近くに,先輩曰く「左翼のカフェ」と言われるナゾのカフェないしレストランがあった。経営者も従業員も全員左翼であって,国際基督教大学から毎年アルバイトを大量採用しているらしい。あれは何だったんだろう。一緒に行く人募集中

*2:あまりにも幼稚な

*3:従って,加入するときは,手続に3時間ぐらいかかると覚悟するべきである

*4:前田穰は,徳島県の人で,運良く衛生兵として徴兵して戦死を免れ,復員後高知県内で職を転々とし,ガソリンスタンドを開業したものの,部下に現金を持ち逃げされて倒産し,サラリーマン暮らしに戻ったひとである。その後,ボランティア活動として,県内山林部の放置林を伐採していたところ,心不全を起こして急死する。これでも,個人的には尊敬している。大人しいように見えて,破天荒な行動を起こすひとだった

鳥商のおもひで(4)

なんだか,アクセスが多い*1

実は,この連載を書くようにと勧めてきたのは,組合の理事である。

今は,まだ鳥商社が設立される前のことを書いているので,まったく組合活動らしくない展開になっている。

しかし,最近のことに話が進めば,労働紛争の記録としても,それなりに面白く,かつ,私自身が,プライバシーの権利をほとんど放棄しているため,非常に詳細かつ具体的な話ができると思っている。

このように,プライバシーにまったく配慮せずに,堂々と過去のことを語ろうと思った動機として,岡田基一判事の影響が大きい。

 

 

 

この判事は,東京高裁に勤めるエリート裁判官でありながら,実名で身分を明かしつつ堂々とTwitterをやり,自身のヌード写真を掲載し,そのために,分限裁判の憂き目に遭うものの,その書面さえ,まるごと公開して,堂々とたたかっている。

怪しいことや,悪いことをしていないから,できるのである。

 

ちなみに,怪しいことや悪いこと*2をしたことがある,家本賢太郎社長(株式会社クララオンライン・鳥商日本株式会社)は,なぜか,組合のTwitterがこの社長を批判し始めたときから,ブログの更新を止めている*3

 

 

私は,内閣府男女共同参画会議の議員を務めたこともなければ,タイガーマスク基金の監事を務めたこともないので,かれの3分の2の年齢はあるのに,その1割の名誉さえない。

また,公益のために活動してきたわけでも,正義のためにたたかってきたわけでもない。ひたすらに,関係者の利害と自己の選好の調整をはかり,かろうじて,一筋の道を見つけて,ひた走ってきた。

しかし,鳥商社資産の横領*4はおろか,およそ社会一般の非難に値する犯罪行為は,1回しか,したことがない。

何をしたかって?

小学校6年生の頃,親のサイフから6万円を盗んだのである。ほぼ全額をブックオフで費消して,こっぴどく怒られた。

この事実を白状してしまった以上,私にはもう,隠すことなど,何ひとつもない。

 

そのうえ,間違ったことをしていないときは,堂々と身分を明かしつつ語った方が,つよい。さきほど,岡田基一判事のことを紹介したが,同じように,自身の考えを堂々と語っていた判事で,失職に追い込まれた人もいる。

井上薫判事である。『司法のしゃべりすぎ』という新書を上梓したが,あっさりと,雇止めに遭った。裁判官には任期というものがあって,これを更新しないことは,基本的に,行政*5の自由なのだ。

では,岡田基一判事が,雇止めに遭わないのは,なぜか。私が思うには,誰よりも,堂々と,活動をしているからである。雇止めにすれば,連日の抗議集会*6さえ組織されかねない。野党の政治家の介入を招きかねない。最高裁はたまったものじゃないだろう。

したがって,私も,この判事にならって,堂々と身分を明かしつつ,筆を執ることにした。

 

***

 

話は,もどる。

私は,近所の某スーパーで,惣菜係として働くことにした。このとき,私は,これ以外にも2つほどのアルバイトを掛け持ちしており,大変多忙にしていた。

元々やっていた,コジマ電気の時間を増やすよりも,沢山の就労先に,分散させて,それぞれ,短時間勤めるようにしようと考えた。

 

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(当時の名刺。不要品をうりつけるのは心苦しかったが,お客さんや先輩には,恵まれた)

 

そして,就労先の中心点にあるマクドナルドなどで,空き時間に勉強や,その他したいことをしていた。

 

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失業者ゆえ,ヒマを持て余しているので,当時の就労状況を地図に示してみた。

青い点が当時の自宅であり,5カ所の赤い点が,当時の(最大時の)就労先である。全部,自転車で移動していた。

そんな就労先のひとつであるスーパーで,事件は起きる。

惣菜係らしく,揚げ物をパックに詰めて陳列をしていた,ある日のこと。先輩の,それなりに頼りにされているパートのおばさんが,牡蠣フライを,床に,おとした。

私はすこし驚いたが,捨てればいいだけのことなので,特段,気にも止めなかった。ところが,次の瞬間,そのおばさんは,牡蠣フライを拾って,なにくわぬ顔でパックに詰めたのである。

パックは,そのまま,売り場に運ばれていった。

 

唖然とした。10分ぐらい逡巡した後,おばさんに話しかけ,さっきのはまずいだろうと問い詰めた。おばさんは,ああそうですか,ごめんなさいね,はい済みませんでした,と,開きなおった。

パックを回収しようと売り場に出たが,その牡蠣フライは,もうなかった。

その日の夕方,出勤してきた店長に,このことを話した。店長は,渋い顔をしながら,報告としては承った,という趣旨のことを言った。

 

翌日,私が出勤すると,スーツ姿のエリアマネージャーがいた。

 

「きみ,わるいけど,辞めてくれないかな」

 

不当解雇の瞬間だった。このとき,鳥商社設立の,2週間前である。

*1:時間を無駄にしたという趣旨の損害賠償請求は,うけつけない

*2:のちの記事で,さんざん,紹介することになる

*3:家本氏は研究熱心なひとなので,内容自体はそれなりに面白く,楽しみに読んでいた。早く再開してほしいものである

*4:3万円から497万円までコロコロ変わっている

*5:あべぴょん

*6:原発テントのような何か

鳥商のおもひで(3)

入学したはいいものの,この時以来,私にとって不幸の日々が始まる。

この時期を端的に示している記事がこちら。

serve1another.net

まさにtOriPayを思いつく直前に,今から詳細に記載する,2015年前後の出来事を,振り返って書いた記事である。

 三鷹の大学を離れてちょうど一年ほどになるが、あれほど人生最高の時間を期待して、実際には人生最悪の時間を過ごした日々はなかった。

これからの若い人にはぜひ上のような失敗を回避し、自尊心と自負心とを大事にして、前へ前へと進んでもらいたい。

 ……ひ,ひどい。

 

何がどうなかったというと,話は,極めて単純であった。

私の発想は,基本的に保守主義である。深圳も上海も銅鑼湾も,嫌いではない。しかし,基本的なスタンスは,

刺戟的な体験をもたらしてくれる外国や外国人は好ましいが,私の気分や体調は,つねに,状況による変動から自由ではない。 

したがって,刺戟的であっても一定の負荷がかかる外国的なコンテンツは,私が希望するときにだけ,いつでも触れられるのが理想であって,外国的なものが私の目前にやって来て,私生活上の安寧を破壊することは,断じて阻止しなければならない。

なのである。

したがって,疲労すると,自動的に,外国は嫌い,北海道なり沖縄なりに出奔して安穏と暮らしたい,という趣旨のことを言い始める。

 

 そうした中,この時は,相当に疲労していたのだろう。

入学後,大学当局は,本格的に第二男子寮を取り潰すべく,学生の意見を聞いたという口実を作る目的で,新新二寮支援会議,というような名称の会を設置していた。

 

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(第二男子寮集合写真。下段右から2番目。一番右のヤツはすごいコンサル屋になったが,私はこの風体である。あのさぁ,散髪ぐらいちゃんとしろよ……)

 

この会で,第二男子寮を取り壊して,新新二寮という意識の高い,某ゼネコンに大枚をはたいて作らなければならないような学生寮を作る必要がある理由として提示されたのが,

LGBTである学生への対応 

 だったのである!

ご存知かどうか知らないが,国際基督教大学では,CGS(ジェンダー研究センター)という一種の研究室があり,これを目当てに入学する者もいて,一定の勢力を維持している。

もちろん教授にも,これを応援する勢力が多いわけで,これら教授の声が通った結果が,第二男子寮の解体だったわけだ*1

今にして思えば,どうだろう。LGBTやそれを支援する人々が悪であるとは思わない。しかし,それによって家を追われるまでに至ったとき,読者の皆さんも,どう思うか,考えてみてほしい。

イスラムの人がこれから移住するので,この町から退去してください,と行政に呼びかけられたら,ひとはどう思うのだろう。少なくとも当時は,そんな気分だった。

そこで,このジェンダー関係のひとと,論点を問わず,勝利することを目的とした,議論をすることになった。ここが,決定的な脱線であった。

権力者でないもの同士が,勝利を争って議論をしても意味がない。意味があるとすれば,相互に新しい知見を得て,思考力を高めることぐらいである。それなのに,この際技巧でも策略でも威圧でもいいからと,政治的利害を目的とした議論に,脚を,深く突っ込んでしまった*2

 

このとき,損をしたのは,一方的に私のほうであった。

なぜなら,もとより数的に劣勢であったからだ。国際基督教大学は,けっして,「いい大学」ではない。費用の使途は不明瞭極まるし,箱物行政のウラには,某有名建築家の影が見え隠れするし,官僚は無能かつ高給だし,役職付の教授自ら,逮捕者が出るような過激派のデモに,学生を連れて行くこともある。

公安調査庁のスパイは,学内を,常時,たむろしている。こんな意味不明で,かつカネのかかる,自治のない学校には,行くべきではない。私は,本当に後悔している。

数的に劣勢であれば,議論の内容にかかわらず,勢力内の互助システムに乗せて貰えないので,他人は誰もそうしていないのに,ひとりだけ,純然たる「実力勝負」を迫られる。

その結果,私は敗北したのである。悪いことに,私は私の政治的な見解を,プライベートな世界にまで持ち込んでいた。生来,議論が好きであったのだ。

元来狭いコミュニティであったため,私は,たちまち居場所を失った。

居場所を失うと,ひとは,視界が狭くなって,無理な行動をするものである。その結果,政治的問題の範囲を超えて人望を失い,ここでは,犯罪者呼ばわりされた上で,学園祭実行委員会を解任された。2票差であった。

 

このとき,私は,社会そのものを解任されたのだと,強く感じた。実家では,家族が,なんだかんだで抱擁してくれたものであるが,東京でひとり暮らし*3をすると,そんな味方はいない。

かといって死ぬ勇気もないし,いっぽうで,私にいわせれば,政治的目的から逆算した思考を,あたかも知恵であると標榜しているところの,「教授」らの話を聞いて,ワンワンと吠えて単位をもらう気持ちは,毛頭なかった。

私は,退学届に署名して,親元に郵送した。親は,私の学費を払っていたわけではなかったが,退学に,断固として,同意しなかった。結局,ここでは,休学として様子を見ることになった。

 

私は,はやく生計を立てて,または,別のもっとマシな大学に転学して,吐き気のしない人生を送るべく,本格的な就労を開始した。

土日を中心にやっていた,コジマ電気パートの販売員に加えて,平日も,なるべく働くことにしたのである。この時は,何でもやってみるという気概があったのか,警備員まで,やった。

そして,あるとき,私は,食品スーパーの惣菜係に採用された。鳥商社が設立される,2ヶ月半ほど前のことであった。

*1:むろん大学当局は,老朽化といった,それっぽい理由をもあげているが,これは最終的に,証拠によって明確に否定されている

*2:この後色々と勉強するが,政治的な,つまり結果がすべてであるという考え方によっておこなわれる言論活動の恐ろしさは,筆舌に尽くしがたいものである。しかし,LGBTの人らは,そのような世界に没入して,不当である点が少しぐらいあっても,これを継続せざるを得ないほど,既存の世界から追い詰められていたのであろう。シオニズム的発想の犠牲者となった私や第二男子寮は不幸だと思うが,このような人々の居場所は,ユダヤ人同様,どこかで用意されるようにしないと,彼らとしても,このように,それと分からない形で政治的優勢下で,ある種の暴力を行使して,これを確保するしかない,ということになるのだと思う

*3:このころ,第二男子寮はちょうど潰されている

鳥商のおもひで(2)

雪の中,私は,武蔵小金井駅からほど近い,ボロ宿に泊まった。

東京の民宿に泊まるのは初めてだったし,こんなイトーヨーカドーがあるような駅にも,民宿なんてものがあるとは思っていなかった。

そのとき,東京は久しぶりの雪であった。雪ならば自転車は使えないというのが通説であるが,私は,かまわずに自転車にまたがって,一路目白駅を目指した。中学のころの旧友に,会いたかったのである。

とにかく雪ばかりの道で,これほどの雪には,東京に住んでいたときにもであわなかったと驚きつつ,転倒しないように走った。タイヤは巾40ミリの頑強なものであったので,無事,走破することができた。

そして,その雪もまだ溶けないうちに,武蔵境駅から小田急バスに乗って,国際基督教大学の受験会場に向かった。後になって知るのだが,この受験案内のアルバイトは時給1,000円ぐらいだったようだ。寒い中,本当に気の毒である。

受験の様子はあまりよく覚えていないが,ごく普通に,解けそうな問題を解いて,落ちたらハローワークに行けばよいと,あっさりと過ごしていた覚えがある。また,当時は公務員試験によく似た知能検査の科目があったので,この点,有利だった。

 

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というより,ハローワークには,既に登録していたのである。不合格を前提に行動していた。このドクトリンは,鳥商社設立後,現在に至るまで,私にとって,有利にも不利にも,大いに作用することになる。

しかし,事実は小説よりも奇なりとはこのことで,この入学試験で,私は久しぶりの「勝利」を収めることになった。

 

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探したら見つかったので,この際アップした*1。この時,飛び上がったのは私ではなく,母親のほうであった。私の方では,よくわからずに,引越か面倒くさい,と往生していた覚えがある。

でも,公務員試験の一件以来,私をバカにしていた同級生から,今後,金輪際笑われずに済む*2ことについては,ある種の満足を覚えていた。今でもそうだが,私は,ほしかったものが手に入ることよりも,目前まで迫っていた危険や恐怖から免れることによって,歓びを感じる人物なのである。

 

結局,学歴というものをどう評価,処理すべきかは,今でも,私のなかで,結論が出ていない。学歴のあるひとや,修士博士の人と話すと,たしかに,性別を問わず,私にとって十分と思えるほどの,教養を感じさせてもらえる。比喩表現として「方広寺鐘銘事件みたいですね」といったとき,理解して微笑んでくれるひとは,実際,高学歴の人からしか,見いだせない。

例えば,私が女性関係で,一切そういう気がないことは,最早,顕著な事実なのであるが,これも,一時期体重88キログラムに達したことを除けば,とにかく,妹や,小中学校の女子がのめり込んでいた(いる)ような,キャラクターなりジャニーズなりディズニーなりブランド品なりについて,いっさい,価値が理解できなかったことが,事情として大きい。知性が性別的な差異に,優先する*3と気付かされたのは,ここ半年ぐらいの話なのである。

いっぽうで,高卒ないし中卒の人は,話題が合わない*4ことは事実であるものの,気性としては概ね素朴であって,人にもよるが,おそらく生活上の必要から,私の生活態度*5に,より近いものと感じる。好感が持てるし,このような純朴な人が幸せになれるような社会のほうが,ホリエモンホリエモン的生活を志向する人が,六本木で無限の欲望を追求できる社会よりも,好ましいのではないかと感じる。

したがって,この合格通知書の評価について,私は多くを論じない*6

 

ともっかく,結局入学することになっところ,これは大変であった。高知の実家を引き払い,学内にあった第二男子寮というところに,押しかけた。

 

(次の記事で鳥商,という予告はウソになった。ごめんなさい。そのため,この記事は即時公開にして,さっさと,鳥商が出てくる記事を執筆することとする)

*1:これ以外にも,この連載では,なるべく,具体的な証拠や書面をアップしようとおもっている

*2:しかし,高卒で警察官になった友人は,いま,クララオンラインの2倍ぐらいの年収を手にしているはずだから,やっぱり笑いものかも知れない

*3:ことがある

*4:私はここ6年間テレビを所有していないし,モバゲーもパズドラもやらない。インテリだからではなく,興味がないからやらないのだ

*5:半額の惣菜や業務スーパーを厭わない態度

*6:もちろん,この話自体が嫌味であるという指摘も,佳子様のお陰で,あり得るところなので,基本的に実社会では,あまり話していない。この連載は,私の,鳥商社前後の経歴を,包み隠さずに披瀝する趣旨なので,腹が立った人は,早く私をブロックするほかない。