Serve One Another

天網恢恢疎而不漏

鳥商のおもひで(3)

入学したはいいものの,この時以来,私にとって不幸の日々が始まる。

この時期を端的に示している記事がこちら。

serve1another.net

まさにtOriPayを思いつく直前に,今から詳細に記載する,2015年前後の出来事を,振り返って書いた記事である。

 三鷹の大学を離れてちょうど一年ほどになるが、あれほど人生最高の時間を期待して、実際には人生最悪の時間を過ごした日々はなかった。

これからの若い人にはぜひ上のような失敗を回避し、自尊心と自負心とを大事にして、前へ前へと進んでもらいたい。

 ……ひ,ひどい。

 

何がどうなかったというと,話は,極めて単純であった。

私の発想は,基本的に保守主義である。深圳も上海も銅鑼湾も,嫌いではない。しかし,基本的なスタンスは,

刺戟的な体験をもたらしてくれる外国や外国人は好ましいが,私の気分や体調は,つねに,状況による変動から自由ではない。 

したがって,刺戟的であっても一定の負荷がかかる外国的なコンテンツは,私が希望するときにだけ,いつでも触れられるのが理想であって,外国的なものが私の目前にやって来て,私生活上の安寧を破壊することは,断じて阻止しなければならない。

なのである。

したがって,疲労すると,自動的に,外国は嫌い,北海道なり沖縄なりに出奔して安穏と暮らしたい,という趣旨のことを言い始める。

 

 そうした中,この時は,相当に疲労していたのだろう。

入学後,大学当局は,本格的に第二男子寮を取り潰すべく,学生の意見を聞いたという口実を作る目的で,新新二寮支援会議,というような名称の会を設置していた。

 

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(第二男子寮集合写真。下段右から2番目。一番右のヤツはすごいコンサル屋になったが,私はこの風体である。あのさぁ,散髪ぐらいちゃんとしろよ……)

 

この会で,第二男子寮を取り壊して,新新二寮という意識の高い,某ゼネコンに大枚をはたいて作らなければならないような学生寮を作る必要がある理由として提示されたのが,

LGBTである学生への対応 

 だったのである!

ご存知かどうか知らないが,国際基督教大学では,CGS(ジェンダー研究センター)という一種の研究室があり,これを目当てに入学する者もいて,一定の勢力を維持している。

もちろん教授にも,これを応援する勢力が多いわけで,これら教授の声が通った結果が,第二男子寮の解体だったわけだ*1

今にして思えば,どうだろう。LGBTやそれを支援する人々が悪であるとは思わない。しかし,それによって家を追われるまでに至ったとき,読者の皆さんも,どう思うか,考えてみてほしい。

イスラムの人がこれから移住するので,この町から退去してください,と行政に呼びかけられたら,ひとはどう思うのだろう。少なくとも当時は,そんな気分だった。

そこで,このジェンダー関係のひとと,論点を問わず,勝利することを目的とした,議論をすることになった。ここが,決定的な脱線であった。

権力者でないもの同士が,勝利を争って議論をしても意味がない。意味があるとすれば,相互に新しい知見を得て,思考力を高めることぐらいである。それなのに,この際技巧でも策略でも威圧でもいいからと,政治的利害を目的とした議論に,脚を,深く突っ込んでしまった*2

 

このとき,損をしたのは,一方的に私のほうであった。

なぜなら,もとより数的に劣勢であったからだ。国際基督教大学は,けっして,「いい大学」ではない。費用の使途は不明瞭極まるし,箱物行政のウラには,某有名建築家の影が見え隠れするし,官僚は無能かつ高給だし,役職付の教授自ら,逮捕者が出るような過激派のデモに,学生を連れて行くこともある。

公安調査庁のスパイは,学内を,常時,たむろしている。こんな意味不明で,かつカネのかかる,自治のない学校には,行くべきではない。私は,本当に後悔している。

数的に劣勢であれば,議論の内容にかかわらず,勢力内の互助システムに乗せて貰えないので,他人は誰もそうしていないのに,ひとりだけ,純然たる「実力勝負」を迫られる。

その結果,私は敗北したのである。悪いことに,私は私の政治的な見解を,プライベートな世界にまで持ち込んでいた。生来,議論が好きであったのだ。

元来狭いコミュニティであったため,私は,たちまち居場所を失った。

居場所を失うと,ひとは,視界が狭くなって,無理な行動をするものである。その結果,政治的問題の範囲を超えて人望を失い,ここでは,犯罪者呼ばわりされた上で,学園祭実行委員会を解任された。2票差であった。

 

このとき,私は,社会そのものを解任されたのだと,強く感じた。実家では,家族が,なんだかんだで抱擁してくれたものであるが,東京でひとり暮らし*3をすると,そんな味方はいない。

かといって死ぬ勇気もないし,いっぽうで,私にいわせれば,政治的目的から逆算した思考を,あたかも知恵であると標榜しているところの,「教授」らの話を聞いて,ワンワンと吠えて単位をもらう気持ちは,毛頭なかった。

私は,退学届に署名して,親元に郵送した。親は,私の学費を払っていたわけではなかったが,退学に,断固として,同意しなかった。結局,ここでは,休学として様子を見ることになった。

 

私は,はやく生計を立てて,または,別のもっとマシな大学に転学して,吐き気のしない人生を送るべく,本格的な就労を開始した。

土日を中心にやっていた,コジマ電気パートの販売員に加えて,平日も,なるべく働くことにしたのである。この時は,何でもやってみるという気概があったのか,警備員まで,やった。

そして,あるとき,私は,食品スーパーの惣菜係に採用された。鳥商社が設立される,2ヶ月半ほど前のことであった。

*1:むろん大学当局は,老朽化といった,それっぽい理由をもあげているが,これは最終的に,証拠によって明確に否定されている

*2:この後色々と勉強するが,政治的な,つまり結果がすべてであるという考え方によっておこなわれる言論活動の恐ろしさは,筆舌に尽くしがたいものである。しかし,LGBTの人らは,そのような世界に没入して,不当である点が少しぐらいあっても,これを継続せざるを得ないほど,既存の世界から追い詰められていたのであろう。シオニズム的発想の犠牲者となった私や第二男子寮は不幸だと思うが,このような人々の居場所は,ユダヤ人同様,どこかで用意されるようにしないと,彼らとしても,このように,それと分からない形で政治的優勢下で,ある種の暴力を行使して,これを確保するしかない,ということになるのだと思う

*3:このころ,第二男子寮はちょうど潰されている

鳥商のおもひで(2)

雪の中,私は,武蔵小金井駅からほど近い,ボロ宿に泊まった。

東京の民宿に泊まるのは初めてだったし,こんなイトーヨーカドーがあるような駅にも,民宿なんてものがあるとは思っていなかった。

そのとき,東京は久しぶりの雪であった。雪ならば自転車は使えないというのが通説であるが,私は,かまわずに自転車にまたがって,一路目白駅を目指した。中学のころの旧友に,会いたかったのである。

とにかく雪ばかりの道で,これほどの雪には,東京に住んでいたときにもであわなかったと驚きつつ,転倒しないように走った。タイヤは巾40ミリの頑強なものであったので,無事,走破することができた。

そして,その雪もまだ溶けないうちに,武蔵境駅から小田急バスに乗って,国際基督教大学の受験会場に向かった。後になって知るのだが,この受験案内のアルバイトは時給1,000円ぐらいだったようだ。寒い中,本当に気の毒である。

受験の様子はあまりよく覚えていないが,ごく普通に,解けそうな問題を解いて,落ちたらハローワークに行けばよいと,あっさりと過ごしていた覚えがある。また,当時は公務員試験によく似た知能検査の科目があったので,この点,有利だった。

 

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というより,ハローワークには,既に登録していたのである。不合格を前提に行動していた。このドクトリンは,鳥商社設立後,現在に至るまで,私にとって,有利にも不利にも,大いに作用することになる。

しかし,事実は小説よりも奇なりとはこのことで,この入学試験で,私は久しぶりの「勝利」を収めることになった。

 

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探したら見つかったので,この際アップした*1。この時,飛び上がったのは私ではなく,母親のほうであった。私の方では,よくわからずに,引越か面倒くさい,と往生していた覚えがある。

でも,公務員試験の一件以来,私をバカにしていた同級生から,今後,金輪際笑われずに済む*2ことについては,ある種の満足を覚えていた。今でもそうだが,私は,ほしかったものが手に入ることよりも,目前まで迫っていた危険や恐怖から免れることによって,歓びを感じる人物なのである。

 

結局,学歴というものをどう評価,処理すべきかは,今でも,私のなかで,結論が出ていない。学歴のあるひとや,修士博士の人と話すと,たしかに,性別を問わず,私にとって十分と思えるほどの,教養を感じさせてもらえる。比喩表現として「方広寺鐘銘事件みたいですね」といったとき,理解して微笑んでくれるひとは,実際,高学歴の人からしか,見いだせない。

例えば,私が女性関係で,一切そういう気がないことは,最早,顕著な事実なのであるが,これも,一時期体重88キログラムに達したことを除けば,とにかく,妹や,小中学校の女子がのめり込んでいた(いる)ような,キャラクターなりジャニーズなりディズニーなりブランド品なりについて,いっさい,価値が理解できなかったことが,事情として大きい。知性が性別的な差異に,優先する*3と気付かされたのは,ここ半年ぐらいの話なのである。

いっぽうで,高卒ないし中卒の人は,話題が合わない*4ことは事実であるものの,気性としては概ね素朴であって,人にもよるが,おそらく生活上の必要から,私の生活態度*5に,より近いものと感じる。好感が持てるし,このような純朴な人が幸せになれるような社会のほうが,ホリエモンホリエモン的生活を志向する人が,六本木で無限の欲望を追求できる社会よりも,好ましいのではないかと感じる。

したがって,この合格通知書の評価について,私は多くを論じない*6

 

ともっかく,結局入学することになっところ,これは大変であった。高知の実家を引き払い,学内にあった第二男子寮というところに,押しかけた。

 

(次の記事で鳥商,という予告はウソになった。ごめんなさい。そのため,この記事は即時公開にして,さっさと,鳥商が出てくる記事を執筆することとする)

*1:これ以外にも,この連載では,なるべく,具体的な証拠や書面をアップしようとおもっている

*2:しかし,高卒で警察官になった友人は,いま,クララオンラインの2倍ぐらいの年収を手にしているはずだから,やっぱり笑いものかも知れない

*3:ことがある

*4:私はここ6年間テレビを所有していないし,モバゲーもパズドラもやらない。インテリだからではなく,興味がないからやらないのだ

*5:半額の惣菜や業務スーパーを厭わない態度

*6:もちろん,この話自体が嫌味であるという指摘も,佳子様のお陰で,あり得るところなので,基本的に実社会では,あまり話していない。この連載は,私の,鳥商社前後の経歴を,包み隠さずに披瀝する趣旨なので,腹が立った人は,早く私をブロックするほかない。

鳥商のおもひで(1)

とある人に推奨されたので,「鳥商のおもひで」と称する,連載を書いてみることにした。

鳥商社*1というのは,私が,2016年5月25日に設立して,2018年3月13日まで経営していた,ちいさな会社のことである*2

また,関連して迷惑をかけたおおくの人には,先月まで,クララオンライン側の就業規則という桎梏があったのだが,なくなったので,まもなく謝罪文を掲載したいと思っている。

私は,2014年4月ごろ,国際基督教大学に入学したことがある。とはいっても,これは不本意入学であって,本来は,裁判所事務官になりたかった。中学のころから,なぜか「判例時報」とか「判例タイムス」とかを読んでいたので,何となく好きだったんだと思う。しかし,カネがないから大学には行かれないとの観念のもと,受験したのだろう。

高知西高等学校に通っていたころ,学課の3分の1をサボって,高知城の公園や鏡川のベンチでハトに餌をやりつつ,公務員試験の勉強をしていた。当家はこのころ,リーマンショックで没落したうえに離婚し,世帯年収200万円弱の,極貧生活を送っていた。

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Wikipediaより:鏡川

そんな中,私は,高知西高校で,数少ない友人に支えられながら,似合わないメガネをかけて,ひたすら,サボりと読書によって過ごしていた。センター試験に向けて一丸になって,といった趣旨のことを申し立てる教師や同級生が,ついぞ理解できなかった。一丸どころか,みんな高知大学に行きたいのだから,全員敵じゃないか。言っていることがあべこべだった。

しかし,そのことや,受験競争自体が教育産業の陰謀ないし搾取だということを,指摘すればするほど,私は,学級で孤立していった。そうして,毎日ハトに餌をやってから3限に登校しては,昼食のから揚げを,数少ない友人(今でも非常に感謝している)と食し,居眠りと読書で6限までを過ごし,音楽部の活動をやってから帰宅するような生活をしていたのである。

この時点で公務員に向いていないことは最早明らかであるから,高知地裁*3は,じつに慧眼であったかも知れない。筆記試験を通ったものの,面接試験であと2名分届かず,裁判所三種の試験に不合格したのだ。

実に恥ずかしかった。翌日,登校したとき,これまでにないほど,恥ずかしい思いをした覚えがある。既にセンター試験にむけて「団結」している学級を敵に回していたので,それはもう,恰好の笑いぐさになっていたのである。

その後,音楽部の活動でも散々に失敗をしたが*4,それでも,私は私を曲げることはしなかった。

センター試験は,高認試験に合格していたことをネタに,学校を関与させずに申し込んだし,前日の夜は,悪友と,学校近くのうどん屋に行き,次いでカードゲームをやってさわぎ,当日は11時半に起きて,結局サボった。とにかく,山崎パンのパンのようになりたくなかったのである。

しかし同時に,私は,国際基督教大学に願書を送っていた。たまたま,高知市街の金光堂という書店で赤本をみつけて,これは(問題が)面白いといって飛びついたところに母親が目を付け,みずほ銀行から学費を借金できる制度があったので,是非受験しろとプッシュされたのである。

そのため私は,小遣いを貯めて買った自転車を飛行機に載せて,雪のなか,勇躍東京に向かった。後日,おおくの知人や親戚から,受験に自転車を持って行くなどけしからんと,怒られた。

 

(前座が伸びてしまった。次回記事で,鳥商社の設立まで書こうと思っている)

*1:このウェブサイトは,何もしていないので,もうすぐなくなると思う

*2:会社ではなかった時期もあるし,商号が別だった時期もあるが,面倒くさい割に説明する意味がないので,ここでは,一貫して鳥商社と称する

*3:採用活動自体は高松高裁だったように思うが

*4:ここでは,極めて同情的に扱ってもらえた

32ヶ月前の裏アカで自分を見つけてしまった(無修正)

衝撃的な日である。

じつは,Twitterの隠しアカウントを発掘し,32ヶ月前の自分を発見してしまった。

記憶している限りでは,もっとも不幸感の強かった時期である。三鷹市の土佐寮という県人寮で,自ら買い入れた多数のゴミに囲まれ,休日は,昼の12時にワインをファミリーマート*1で買っては,2本空けてから床についていた頃である。

もちろん,現在の私の各種の事情,状況から,開示できないツイートもある*2。しかし,それ以外のものであって,おもしろいものを,なるべく,ここで掲載してみたい*3。ここで私が恥をかいたところでどうというわけではないのだが,32ヶ月前にこういうことを言っていた奴が,いまでは,こういうことを言っている(最近の記事)のだなあ,という一点に興を感じていただき,読者様なりの感想を持っていただければ十分なのである*4

というわけで,ご笑覧あれ。

★「氷結」がうまい

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最新のツイート。このツイートを最後に,アカウントは放置されていた。

「氷結」は,沖縄出身の,私のオヤジが好きなお酒である。いつもグレープフルーツ味を飲んでいた(飲んでいる)。

したがって,今でも,オヤジのことを思い出したいときは,オリオンビールと並んで,買うことがある*5。当時もそうだったらしい。

でも,ウォッカベースの酒なら悪酔いしにくいということは,事実であるような気もする。

★セブンコードの皆さま

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当時付き合いがあった会社のお話しである。そのころは,西新宿の高そうな高級マンションに本社があった。今ではそこを引き払ってどこかに移転したらしい。

(このころ,事業を立ち上げて3ヶ月ぐらいである)

当時は目をかけてもらった覚えがある。私も,それ相応のお金は,支払った。今ではどうしているか,よく分からないが,健勝を祈るばかりだ。

グリーン車で遊ぶ?

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どこかから,東京に戻ってきたらしい。

グリーン車で遊ぶというのは,新幹線のことではない。当時(今もそうかな?)は,周遊パスや18きっぷを利用して,780円のグリーン券だけで遠方に赴き,ほぼ何もしないで帰ってくる遊びが流行っていたのである。

乗り鉄おそるべし。

★家賃85,000円

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私の家賃ではない。

今にして思えば,ワンルームで家賃85,000円というのは,大学を出たとしても過剰な家賃であると思う(これ以上の家賃のところに住む人もいるが,それは大体において,住宅補助が出たり,社宅であったりするから住むのである)。

美容的な価値はこれから下がるのに,ひとは生活水準を,だんだんと上げて行きたがるし,そうなるに違いないと信じているものだ。

もう2年以上前のものだが,少し心配になってくる話である。

★中華は良い

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何の中華であるかは一切分からないが,よかったようだ。

中華な両替サービスtOriPayを立ち上げるのは,この1年5ヶ月後である。

★土佐鶴

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土佐寮らしい趣味である。

しかし,今は,何をどう考えても司牡丹(甘口)のほうが美味だと思っている。

たぶん見栄を張ったのだと思う。ばーかばーか。

★慧眼

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我ながら慧眼である。

勉強したところで騙されるじゃん思考力がどうこうといったツッコミはさておき,

自分の利益にならない政策を支持して死んだ人は死屍累々である。インスタやらネットやらで消費欲求ばかり刺戟されるのに,

賃金が一切上がらない若者は本当に気の毒である*6

貧困層がリリース

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まだ100万人ぐらいしかリリースされていないのに,この変わりようである。相当すごいことになるに違いない。

私は,当時から一貫して,身近な人の方が大切なので,抽象的全般的な外国人の生活条件向上よりも,日本国民のそれを優先すべきという立場である。

外国の人は,その国のひとが助けてあげるべきであるし,戦時難民以外は普通そうなのではないかと思う*7。あるいは共済でも作る……?

★後悔しかない

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うーん……

同感である。当時の記憶を掘り起こせば,たしかに,今思ってもそんな感じだ。

この後5月に鳥商日本株式会社を立ち上げるが,それは非常に良い経験をもたらしてくれたので,この後,舵を切ってハッピーにやっている*8のだと理解してほしい。

しかし,書いてあるとおり,評価をぶつけ合うだけの議論には意味がない。この点は改めて強調したい。

★つよくいきて

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前記の鳥商社自体,社会に居場所がないと思ったから作ったのであるが,

それを裏付ける投稿である。ちなみに,ここでいう「欺瞞」とは,コ●マ電気の販売員として,不要品を盛んに売りつける仕事のことをいう。

私にとって不要だからということで,当時から申し訳なさを感じつつ売っていたようだ。この感覚はいまでも一緒であって,創業後は,営業力の低さという形で表出する。

しかし,前記のインスタグラムなどを踏まえれば,私が必要とするものが,決まり切ったものや昔からあるような道具ばかりなのが,異常なのであって,もっと不要なものでも,面白かったりヒマだったりすれば,人は需要するものなのじゃないかとわかってきた。

賃金を踏み倒したのに,ヘリコプターを乗り回した社長もいるぐらいだし。

だが個人的には,そのような,欲の深いひとたちには付き合いきれない*9ので,庶民が型落ちのカローラを買えるのが当たり前の社会を取り戻すべく,労働組合の活動をがんばっている。

ブックオフのカフェが潰れる

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ここでいうブックオフとは,高知駅前のブックオフなのである。しかし,併設のカフェは,ちょうど今年に入って潰れている。

駐輪場がタダになるほど地代が安いのに。みんな高知

を助けて!

★ふみもーんの弁明

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うわあ中2臭い。プラトーン著,『ソークラテースの弁明』を改変したものだ。

ふみもーんというのは,私の本名(史門,湯桶読みでふみもーん)から来ている,昔の後輩が発案したあだ名である。嫌いじゃない。

安息日に……売って,というのは,当時,月140時間も従事した販売員の仕事のことだろう。土日は,とうぜん,かき入れ時だった。

今コメントするなら,不要なプリンターやパソコンを売るどころか,もっと卑劣な手段でゼニからゼニを生んで,それでいて,あたかもオレこそが良識,オレこそが社会みたいな顔をしている輩が非常に多いから,もうちょっとお天道様を見てもいいんだよ,とでもいうだろうか。労働組合の闇は深いのである*10

★一年一善

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交通機関だと思うが,何か手助けをしたらしい。簡単な英語が話せるからだと思う。

イスラムの人,この時から,ますます増えてきた。正直なところ,私は多文化共生的なユートピアよりも,平成10年代ぐらいの,穏当で平和な日常に帰って行きたい。あのころのほうが,国語の表現もゆたかだった。

しかし安倍首相の方針もあり,イスラムの人は帰るどころか,二倍,三倍して押しかけてくるのだろう。その時,今のアパートを明け渡して平穏に退去できるように,地方でも喰っていける実力を付けなければ*11

★上司は新入社員

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派遣のバイトをやってみて,あまりのひどさに,閉口したときの投稿である。たしか,ためしに,クレジットカードの勧誘か何かをやってみたのだと思う。

その時のマネージャーが派遣屋の新卒社員で,上記のとおりの有り様だった。

有意義っぽい仕事をしていても頭が悪くなることはあるので,その点は訂正したいものだが,この頃から不本意就労の羽目に陥って,不幸な生活をしていたようだ。

そりゃあ酒浸りにもなるわ!そして,現在に感謝しよう。

 

***

ご笑覧いただけただろうか。

衆人環視のもとでタイムカプセルを開けるという暴挙をやってみたつもりだが,普通はこっそりと開けるものなので,皆さまには,普通のタイムカプセルとして,ちょっと裏アカを作ってみることをオススメしたい。

昔の思考を辿ってみると,内向的な人生も,2倍,3倍と楽しめることになりますよ。

 

*1:井之頭四丁目店

*2:羞恥心がどうこう,といった問題ではない。しかも全体の1割ぐらい

*3:最近の考え方として,金銭のためにウソばかりつく人種に対するアンチテーゼという趣旨と,隠し立てするのも逆にめんどくさいと言うことで,なるべく自らをさらけ出していく方針です

*4:また,『こっちは遊びでやってるんだよ!』というブログ(https://ken-horimoto.com/)に感銘を受けたことも要因である

*5:平生は,もう少し安いお酒を買うようにしている

*6:私も若造だが……

*7:反例募集中

*8:その過程でブラック企業に衝突してしまうのであるが,これは相手が良すぎて,誰も頼んでいないのに犯罪行為を繰り返しはじめたお陰で,私の方は,いわば助かっているのだが,それはまた後日

*9:六本木とかで見聞したその界隈の話は,近いうちにまとめたい

*10:皆さまご存知,前職某ハイジオンラインは,凡庸なブラック企業なのである。この辺も,後日別の記事で

*11:本来なら,そんな実力などなくても,普通の生活ができる権利を持って生まれてきたと,思っていたんですけどね

他人の生い立ちは圧縮ファイル

私は,他者との関わりが,極めて希薄である。

今に始まった事ではない。小学校高学年のあたりから,そうなのである。思えば,小学校5年生以降,誰かを遊びに(「会わないか」,と)誘ったことは,数えるほどしかない。

 

・小学校5年頃,板橋区成増在住の友人を,テレビゲームをしないかと誘った

・中学校2年頃,千葉県松戸市在住の友人ら2人を,足かけ3回ほど,カラオケに行かないかと誘った

・中学校3年頃,豊島区目白在住の友人ら5人を,カラオケに行かないかと誘った

・高等学校3年頃,高知県窪川町在住の友人ら2人を,カラオケに行かないかと誘った

・大学1年頃,三鷹市大澤在住の友人を,遊園地に行かないかと誘った

 

……

自分でも冗談のようにしか思えないが,以上が,ここ11年で他人を遊びに誘った行為の,ほとんど全てだと思う。

もちろん,これら以外にも,遊びに行ったこと,ご飯を一緒にしたことは,多々あった。それらは,ほとんど全部,相手から誘われて,断る理由がなかったので,出向いていったものである。

書き起こしてみると,社会通念上客観的に見て,相当に少ないことがわかる。

いや,実際は,他人に同じような質問をしたことがないから,社会通念では何が普通なのか,などわからない。

しかし,これが一般的に考えられる水準よりも,著しく少ないことぐらいは想像がつく。

 

そうすると,必然的に,おまえは,他人に興味がない冷徹な人間なのか,という趣旨のツッコミが入る気がする。

しかし,それはそれで違う。別にそういう事ではないというか。

他人の身の上話を聞くことは,基本的には,大好きである。本人が話したがっているのに,聞かないのは失礼だ,という考え方もある。

だから基本的には聞く。理解はする。しかし,真に寄り添えているかというと,それは全然,そうではないのだ。欺瞞的と言われても仕方がないぐらいである。

というのも,他人の全体験は,基本的に,私のそれとまったく異なる,そのひとに所与の時代背景や感受性を前提とされている。

その全体を,かぎられた時間(平均20分前後)で,かいつまんで聞かされることしか,私には,できない。

データとしては,デコーダがないから回答できない。そこで,文字コードぐらいは合致している別の既存デコーダをかろうじて適用し,データの破損に苦しみながら,限られた知識と能力で,最大限の理解を試みる。

しかし,どうしても,完全には理解することができない。そして,完全でない理解のしかたを前提として,その問題について意見すること自体が,いわゆる「失礼」となる。

そうすると,他人の身の上話を聞いた,大いに同情したはいいものの,何もリアクションを取ることができない,という状態に追い込まれるのだ。

それを,他人は「話を聞いていない」と解釈する。

ときには,個人個人の体験や思念とは別の問題として,抽象的な意味で,問題そのものを取り扱うことができる,思考力の高いひとも,いる。

そうした人と,社会問題(とされている)ことについて議論するのは,無上の喜びである。

しかし,話す相手,一緒に働く相手を選べないのが,人生なのだ*1

 

*1:地位確認請求訴訟を起こされた社長様には是非よく考えてもらいたい問題である

現実を現実として受け止める「ちから」

……上の記事を,読んだ。

お世話になっている弁護士屋さんが書いた記事だから読んだのだが,刮目すべきは,次の部分だろう。

私も、かつてある事案で、同様の言い訳を会社からされ、相手に弁護士がついてもその言い分を崩さなかったので、「このままでは差し押さえしますよ」と何度も警告をしたことがあります。ところが、それでも振り込んでこなかったので、仕方なく、あくまでも仕方なく、会社の取引先の債権を差し押さえたことがあります。

実は、賃金債権は証拠がしっかりあれば、いきなり差し押さえができるのですが、意外と知られてないのか、差し押さえられるまでは余裕綽々だった会社も、その代理人も、すぐに泣きを入れてきました。

 ……

弁護士とは思えないレベルの低さである。本当に差し押さえがおこり,赤っ恥をかいて信用を失うまで(客観的には,あそこは倒産したのか,という認識をされるだろう),

労働者の賃金なんか,払わなければそのうち諦める,踏み倒せる,差し押さえなんか起こりっこない(実績のある佐々木亮先生に警告されても)という「現実」に,社長も弁護士屋も,最後まで,しがみついたのである。

タイトルのとおり,「現実を現実として受け止めるちから」には,生来の優劣があるのかもしれない*1

現実ではないもの,事実ではないものを,あくまでも真実であると強弁するタイプのひとは,あまりにも多い。

私自身,以前働いた会社で,こんなことがあった。

社内にいたある弁護士に,子会社の登記を依頼した。そのひとは,快く引き受けてくれた。しかし数ヶ月後,「明日法務局に行く」とまで言っていたのに,なにひとつ,作業をしていなかったことがわかった。

そこで本人を問い詰めてみると,

「私は登記専門官ではない」「人事部長としての仕事*2もあったので忙しかった」

といった弁明に終始し,結局,一切の責任を認めなかったのである。しまいには,当初,登記のタスクを引き受けたことさえ否定し始めた。証拠が残っているのに……

この会社では,このようなケースが,とことん多発した。

都合の悪い現実はとことん否認する。100回否認すれば証拠自体がなくなる。そんな宗教を見ているかのようだった。悪夢だ。

私にとって,現実は,「認識」するものだ。しかし,かれらは,現実に対して,認否を表明できると信じているのだ!

このようなケースは,珍しかったのだろうか?

と思いきや,労働運動にかかわるようになり,様々なケースを,現場でも書面でも見るようになると,むしろ,これが普通なのだと思い知らされた。

採用面接時に,「今の仕事を辞めてきてもらうわけですから,2ヶ月でごめんなさいってことになると,大変なことになってしまいますから。それはありませんよ」とまで言ってのけた会社が,あっさりと,(具体的な非違行為をしたこともない)従業員に,雇止め解雇を通告する。

こうした会社に,団体交渉で不当性を指摘してみると,弁護士共々開き直るケースが,あまりにもおおい。

右の企業では,弁護士が,

「通常な成人男子の判断力があれば,面接時になんと言われようと,(「更新しない場合もある」と記載されている)契約書が絶対優先だと言うことはわかるだろう」

と迫った。

……?

通常な成人男子の感覚では,ない。

しかし,私が直接関与しないケースでも,こうしたパターンが,あまりにも多い。

そのうえ恐ろしいのは,このようなことに,明確なノーを突きつけた場合,遠からず組織から排除されるので,多くの場合,現実ではないものに拘泥する組織には,それを支持する大政翼賛会のようなスタッフが集まり,残るのである。

だから,以前話題になった某引越し会社のようなケースでも,会社があきらかに不当なことをしているのに,内部から声が上がらない。客観的に見れば順応する余地などないようなものに,順応してしまう。

結局,個人的には,ここ1年の間に,このような人々に,現実はこれです,証拠もありますと迫っても,まったく意味がないどころか,非現実主義の人間同士で団結して,反撃してくるということがわかった。

今後はなるべく,現実が現実であるということがわかる,冷静な人々を相手にしていきたいものである。また,私自身が「アッチ側」に回らないよう,気をつけなければなるまい。

 

*1:高い方がいい,高い方が成功するという趣旨ではない

*2:本人が,高い報酬と引換に,すすんで引き受けたものである

「危険の提供」としての団体行動権

さて,先般述べた事情によって労働運動に(やむなく)関係する事になったが,これには気付かされる所が多かった。

危険の提供

労働組合は一般に,団体行動権というものを憲法上保証されている。これによって,社前集会(会社の前でナゾの集会が開かれること)やら要請行動(組合の役員が会社に面会を要求し,書状を手渡すこと)を行なうことが法律上可能となっているのだが,民事刑事の両面で免責が得られるなど特典が多く,一見して不合理なほど優遇されている*1

当初,これらの特典は大きすぎる,労働側に有利に過ぎるのではないかと考えていた。しかし,今にしてようやくその意義がわかった。「危険の提供」である。

危険の提供とは,要するに,妥協しなければ○○(という危険)が発生する(かも知れない)ので,早々に妥結しなければならない,と相手方に思わせる作用のことである。労使紛争において,会社がこれを提供することはあまりにも容易である。副業が解禁され始めたのはごく最近のことであるから,多くの労働者は現に就労している企業に生計を依存しているし,それゆえ,解雇されるとか解雇を仄めかされるとかで十分に危険を感ずるし,資本だって団結しているのであるから同業者に悪口を言いふらして再就職を妨げることもできるし,そうすると家族などいれば尚更,破産まっしぐらなのである。

他方で,労働者の側から使用者に,同種の危険を提供することは困難極まる。無論相当の閑人であれば社長をつけ回したり,個人的な活動として街頭宣伝をしたり,色々の手段が打てるかも知れないが,労働者は生活があるから,日中の主たる時間帯はどうしても労働に充てねばならぬ。そうすると,ストーカー事件のような手段でこの危険を提供することも容易ではないし,弁護士や探偵,便利屋をけしかけてこれを代行させるような資力も,通常は持ち合わせていないのである。

そこで登場する画期的な仕組みが,この労働組合が持つ「団体行動権」である。使用者にとって現実の危険を感じさせるような行動を,労働者個人としてではなく組合として行なうならば,本人が無資力でも組合員の積立金から弁護士を立てることもできるし,時間を割ける者がよってたかって,代わりに街頭宣伝をすることもできる。

そうすると,使用者といえども,弁護士をドミノ宜しくいたずらに並べ立て,時間を稼げば労働者は資金が払底し,万事よろしく収まろう,という限りではなくなってくる。この段に至って初めて,不誠実な使用者も改心して交渉のテーブルに着くことになる。

傲慢さ

しかし,上に述べたような団体行動権とか,使用者がけしかける弁護士とかいうのは,そもそも,両者に誠実な話し合いの姿勢があれば必要のないものである。

労働契約だって1つの民事上の契約なのだから,両者にとって,契約前に期待したものとその現実の結果に齟齬が生じることは考えうる。その時,この契約を解除したいと考えるのは自然である。

問題はその手段である。ふつう,労働契約は両者の話し合い(採用面接,試験など)の結果成立させられるが,これを解除するときだけは,話し合いによらず一方的に解除しようと試みる使用者が多い。

その手段はIBMによって知られたロックアウト解雇,事業所そのものを閉鎖するもの,社員を唐突に犯罪者呼ばわりするもの等々実に多彩であるが,通底しているのは使用者の「傲慢さ」である。

社長をやっていると,意のままになるもののほうが,そうでないものよりも圧倒的に多い。赤字会社の社長でも,働く相手(取引先,労働者)を選ぶことぐらいはできる。10年,20年ばかりもそれを続けていれば,ローマ帝国カエサルよろしく,自分の威力を以てすれば,労働者ひとり思うがママに処分することなど,容易いと信じてしまうのであろうし,労働組合の介入がなければ,実際これはあっけなく処分されてしまうものであるから,その前例にも事欠かないのかも分からない。

ところが,労働組合がここに入り込むと,労働者はあっけなく処分される羽目を免れるし,会社が誠実な態度で団体交渉に応じないときは,使用者がそうしたように,労働者も会社に対して,じつに立派な危険を提供できる。ここにおいて,はじめて労使は対等の立場に置かれるのである。

浪費

ところで,つくづく思うことであるが,このような労使紛争は盛大な無駄であり,資源の重大な浪費である。組合員だってみな閑ではないのだから,争議をするよりもどこかで働いて稼ぎを得た方が本来的であるし,使用者も,採用時と同様によく話し合いをして,いい分を聞いてやって因果を含めれば済むことを,なまじ力の論理で無理に片付けようとするから労働組合と正面衝突をする羽目になる。

使用者にとっても,争議の費用は安くない。使用者は大体,エラい自分には快適な時間を過ごす神聖な権利があるから,いち労働者ごときにこれを妨げられてたまるかと考えているようだ。そこで弁護士屋を傭い,労働組合関係の諸問題を一任させるのであるが,弁護士屋も商売なので,その多くは,使用者から名目を問わずカネを徴収することを第一に考えている。

そこでもっともらしい理由をつけてタイムチャージを取ったり,不当労働行為の救済申し立てをされることを理解した上で不当労働行為をやったり,これまた手段を選ばずに集金の名目を作り立てる。

労働紛争そのものに勝てればまだ回収できるコストかも知れないが,勝てなかった日には,これはもう目も当てられない。勝ったとしても,組合が入れば大体過去のサービス残業も追及されることになるから,解雇には成功したものの残業代は沢山支払うことになるようなケースも多い。

そうして,使用者の傲慢——朕はエラいのであるから,汝労働者は黙して朕の処断に従えという傲慢は,弁護士屋だけがトクをする形で結実する。株主はいい迷惑である。単にカネを出してやっているだけなのに,たまに争議に巻き込まれるし,そうでなくても,社長が偉ぶるためだけに出資金を浪費されるからだ。

要するに,誠実な態度が何よりも重要だし,弁護士屋以外の全員にとって,それが最も利益のある道なのである。誠実さとは,話を聞き,相手の立場になるべく理解を示し,自らの利害や必要もきちんと説明した上で,妥協の可能性を探ることである。

私は中学校までにこれを学んだが,何ゆえか,これが出来ない社長さまが少なくない。

*1:この辺の法律論は専門外なので,各自調べてもらいたい