Serve One Another

天網恢恢疎而不漏

「危険の提供」としての団体行動権

さて,先般述べた事情によって労働運動に(やむなく)関係する事になったが,これには気付かされる所が多かった。

危険の提供

労働組合は一般に,団体行動権というものを憲法上保証されている。これによって,社前集会(会社の前でナゾの集会が開かれること)やら要請行動(組合の役員が会社に面会を要求し,書状を手渡すこと)を行なうことが法律上可能となっているのだが,民事刑事の両面で免責が得られるなど特典が多く,一見して不合理なほど優遇されている*1

当初,これらの特典は大きすぎる,労働側に有利に過ぎるのではないかと考えていた。しかし,今にしてようやくその意義がわかった。「危険の提供」である。

危険の提供とは,要するに,妥協しなければ○○(という危険)が発生する(かも知れない)ので,早々に妥結しなければならない,と相手方に思わせる作用のことである。労使紛争において,会社がこれを提供することはあまりにも容易である。副業が解禁され始めたのはごく最近のことであるから,多くの労働者は現に就労している企業に生計を依存しているし,それゆえ,解雇されるとか解雇を仄めかされるとかで十分に危険を感ずるし,資本だって団結しているのであるから同業者に悪口を言いふらして再就職を妨げることもできるし,そうすると家族などいれば尚更,破産まっしぐらなのである。

他方で,労働者の側から使用者に,同種の危険を提供することは困難極まる。無論相当の閑人であれば社長をつけ回したり,個人的な活動として街頭宣伝をしたり,色々の手段が打てるかも知れないが,労働者は生活があるから,日中の主たる時間帯はどうしても労働に充てねばならぬ。そうすると,ストーカー事件のような手段でこの危険を提供することも容易ではないし,弁護士や探偵,便利屋をけしかけてこれを代行させるような資力も,通常は持ち合わせていないのである。

そこで登場する画期的な仕組みが,この労働組合が持つ「団体行動権」である。使用者にとって現実の危険を感じさせるような行動を,労働者個人としてではなく組合として行なうならば,本人が無資力でも組合員の積立金から弁護士を立てることもできるし,時間を割ける者がよってたかって,代わりに街頭宣伝をすることもできる。

そうすると,使用者といえども,弁護士をドミノ宜しくいたずらに並べ立て,時間を稼げば労働者は資金が払底し,万事よろしく収まろう,という限りではなくなってくる。この段に至って初めて,不誠実な使用者も改心して交渉のテーブルに着くことになる。

傲慢さ

しかし,上に述べたような団体行動権とか,使用者がけしかける弁護士とかいうのは,そもそも,両者に誠実な話し合いの姿勢があれば必要のないものである。

労働契約だって1つの民事上の契約なのだから,両者にとって,契約前に期待したものとその現実の結果に齟齬が生じることは考えうる。その時,この契約を解除したいと考えるのは自然である。

問題はその手段である。ふつう,労働契約は両者の話し合い(採用面接,試験など)の結果成立させられるが,これを解除するときだけは,話し合いによらず一方的に解除しようと試みる使用者が多い。

その手段はIBMによって知られたロックアウト解雇,事業所そのものを閉鎖するもの,社員を唐突に犯罪者呼ばわりするもの等々実に多彩であるが,通底しているのは使用者の「傲慢さ」である。

社長をやっていると,意のままになるもののほうが,そうでないものよりも圧倒的に多い。赤字会社の社長でも,働く相手(取引先,労働者)を選ぶことぐらいはできる。10年,20年ばかりもそれを続けていれば,ローマ帝国カエサルよろしく,自分の威力を以てすれば,労働者ひとり思うがママに処分することなど,容易いと信じてしまうのであろうし,労働組合の介入がなければ,実際これはあっけなく処分されてしまうものであるから,その前例にも事欠かないのかも分からない。

ところが,労働組合がここに入り込むと,労働者はあっけなく処分される羽目を免れるし,会社が誠実な態度で団体交渉に応じないときは,使用者がそうしたように,労働者も会社に対して,じつに立派な危険を提供できる。ここにおいて,はじめて労使は対等の立場に置かれるのである。

浪費

ところで,つくづく思うことであるが,このような労使紛争は盛大な無駄であり,資源の重大な浪費である。組合員だってみな閑ではないのだから,争議をするよりもどこかで働いて稼ぎを得た方が本来的であるし,使用者も,採用時と同様によく話し合いをして,いい分を聞いてやって因果を含めれば済むことを,なまじ力の論理で無理に片付けようとするから労働組合と正面衝突をする羽目になる。

使用者にとっても,争議の費用は安くない。使用者は大体,エラい自分には快適な時間を過ごす神聖な権利があるから,いち労働者ごときにこれを妨げられてたまるかと考えているようだ。そこで弁護士屋を傭い,労働組合関係の諸問題を一任させるのであるが,弁護士屋も商売なので,その多くは,使用者から名目を問わずカネを徴収することを第一に考えている。

そこでもっともらしい理由をつけてタイムチャージを取ったり,不当労働行為の救済申し立てをされることを理解した上で不当労働行為をやったり,これまた手段を選ばずに集金の名目を作り立てる。

労働紛争そのものに勝てればまだ回収できるコストかも知れないが,勝てなかった日には,これはもう目も当てられない。勝ったとしても,組合が入れば大体過去のサービス残業も追及されることになるから,解雇には成功したものの残業代は沢山支払うことになるようなケースも多い。

そうして,使用者の傲慢——朕はエラいのであるから,汝労働者は黙して朕の処断に従えという傲慢は,弁護士屋だけがトクをする形で結実する。株主はいい迷惑である。単にカネを出してやっているだけなのに,たまに争議に巻き込まれるし,そうでなくても,社長が偉ぶるためだけに出資金を浪費されるからだ。

要するに,誠実な態度が何よりも重要だし,弁護士屋以外の全員にとって,それが最も利益のある道なのである。誠実さとは,話を聞き,相手の立場になるべく理解を示し,自らの利害や必要もきちんと説明した上で,妥協の可能性を探ることである。

私は中学校までにこれを学んだが,何ゆえか,これが出来ない社長さまが少なくない。

*1:この辺の法律論は専門外なので,各自調べてもらいたい