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天網恢恢疎而不漏

転売的アプローチと発明的アプローチ

ベンチャーやらスタートアップやら色々うるさい時代における、富の源泉について考えている。

この懐かしい記事では、いわゆる付加価値はどのように定義可能かということについてちょっとだけ考え始めている。面積を最終商品の価値とした時の、レーダーチャートの軸を発見する作業だ。

しかし今日は、どのレーダーチャートの軸であれ、伸ばしていく作業(付加価値の創造)は抽象的な次元において皆同じなのか、または、例外となり得る業種業態が存在するのか……ということを書きながら考えたい。

仕入と転売

多くの産業は、仕入と転売によって成立している。メルカリやチケットキャンプで見られる転売屋と本質的に何も変わらないことを皆がやっている。

転売屋は資本がないので、自らの時間と労力を資本としてブックオフを駆け回り、Amazonやメルカリに出品することで利益を得る。しかしスーパーは資本があるので、朝、卸売市場で仕入れた野菜を消費者の自宅から近い位置まで運んで陳列し、利益を得る。場合によっては労働力を仕入れ、厨房で魚をスライスし、刺身として高値で転売する。

飲食店は、そこで販売されている適量の野菜や魚介を仕入れ、仕事帰りの時間帯で、なおかつビールを飲んだ状態の顧客にますます高値で販売する。むろん多少の熟練は必要だが、転売屋がよい商材が並ぶブックオフを嗅ぎつけ、Amazonで商品を出品するにあたって必要な熟練と、スーパーや居酒屋のアルバイトに期待される熟練が困難さにおいてそれほど異なるものとは信じがたい。しかし、必要とされる資本は大幅に異なる。スーパーの営業に必要な地代は少なくとも月あたり1,000千円を要するし、人件費も1,500千円は要するだろう。居酒屋であれば設備と内装だけで10,000千円の初期投資を要する場合も少なくない。

このような資金を銀行から有利に調達できる事業主は多くはないし、その勇気がある事業主はさらに少ないだろう。ところが、転売屋であれば自転車と綱絡*1接続さえあれば十分である。リスクを取らずに開業する方法としては、悪くない。

一般に転売屋に対して向けられる嫌悪感は、あまり理由のないものだと思われる。「ヤツらがブックオフ仕入れなければ俺が安く買えたのに」という主張は、スーパーが卸売市場で買い占めなければもっと安く刺身を食えたと主張するのとあまり変わらない。なるほど事実ではあるが、すると君は、毎朝卸売市場に足を運んでむこう一週間の食材を買い込み、欲しい本があれば安く見つかるまで地域の古書店をくまなく巡る生活を望むのだろうか。多くの人がそれを望んでいないからこそ、上で述べたような転売型のビジネスモデルが成立しているのである。

知的労働における転売

いわゆるホワイトカラーの職業や業種でも、一般的に企業は転売によって生計を立てている。有名な三菱地所は、岩崎弥太郎が大正時代、現在の価格に換算して50億円ほどで仕入れた丸の内界隈の土地に、絶えず「ビルヂング」を建てては賃貸することで収益を得ている。この場合、仕入集合は

input{ land(at marunouchi), building } であり、売上集合は output{ rooms/month } である。本質的には、レストランが食材を仕入れて調味料を加えて調理し、客に提供するのと何も変わらない。近年の人手不足で盛況の人材派遣業も、きわめて単純な転売モデルで機能している。input{ labor , management } に対して output{ fee/hrs } を出力する。MVNOなど他にも多数の例を挙げられるが、もはや十分であろう。

労働者と転売

賢明な読者は既にお気付きだろうが、人生そのものも実は転売である。上の表現を利用すれば、労働者の人生は

input{ experience, time, knowledge } : output{ wage/hrs }

の関数として表現できる。ただし国や地域、時代によっては、inputeducation backgroundclassが加わることがあり、それぞれの比重も個々のケースによって異なるだろう。

ここ数日話題をさらっている*2奨学金破産も、上の転売事業の失敗例に他ならない。ある労働者がある大学に行ったとき、得べかりしinputに対応するinput後の自身の市場価値outputと、その回収時期*3のタイミングを見誤って不相応な額の借金をしたからである。むろん大学の視点でみれば、巧みな広報戦略で労働者をうまく釣って、破産させてまでサービスを売りつけたことになる*4

非転売的な事業

それでは、経済活動のほとんど全ては転売であり、それぞれの経済主体にとって受容可能なリスクと調達可能な資本の規模によってその種類が異なるに過ぎないのだろうか。

ここで、いわゆる「発明」「イノベーション」といわれるものについて考えてみたい。世界には、非連続的*5な発見がある。最近であればブロックチェーン技術や、IPS細胞を挙げることができる。魔法使いと呼ばれる落合洋一教授を取り上げた放送番組を観た人も多いだろう。ベンチャー企業による革新的なサービスの提供も、同様に仕入と転売の関係にあるのだろうか。

例として、Googleの先進的な検索アルゴリズムについて検討してみよう。Googleは多数のエンジニアを雇傭し、開放的な「キャンパス」*6で開発に従事させる。この点までは、一般的なSI(システムインテグレーション:総合的システム開発)業者も同様である。なるべく優秀なエンジニアを雇傭し、顧客が要望する商品の開発に従事させる。使用するプログラミング言語も同一だろう。

筆者の想像が及ぶ限り、転売型アプローチと発明型アプローチの間に横たわる唯一の差異は、顧客の要請が先験的に存在するか否か、存在する場合は服従するか否かにあるようだ。SI業者は顧客に要件定義書を提出させ、商品を納品すれば、要件定義書の条件を満たしたことを理由に支払いを要求する。ところが、Googleの新しい検索エンジンについて要件定義ができる顧客など存在しない。顧客(ユーザー)が持っているのは、より適切な情報に素早くたどり着けるようにして欲しい、その方法は問わないという漠然とした願望だけだ。

Googleは、顧客の要求を忖度する。顧客はより便利な検索エンジンを求めているが、その対価として(広告を見るにせよ、現金を払うにせよ)どこまで支払可能だと考えているのか。検索の速度と精度は、どちらがどの程度優先されるべきだと考えているのか。専門的な情報と即効的な情報、画像と文字、PDFとdocのどちらを求めているのか?

この特徴は、多くの技術系ベンチャー企業について妥当するように思われる。フリルは高いUX(顧客体験)によってヤフオクがすでに占有していた市場に入り込み、よりリテラシーの低い層にも個人売買を普及させることに成功した。この新しい個人売買アプリについて、フリルの開発陣に要件定義書を送った顧客がいたとは思えない。フリルは、それを忖度したのである。

他の多くの産業が、顧客から注文書を受け取るより先には商品を作ろうとしないのに対して、上のベンチャー企業による発明型アプローチは対照的な関係に見える。スーパーマーケットは、見たこともない味付けの惣菜や、通常使われない具材を含んだ弁当を売りつけようとはしない。一方で*7一部のアグレッシブな事業主は、顧客が欲しいと思ったことがない商品を自ら作り出し、提供する。むろん、スマートウォッチのPebble社のように、一見大きな支持を集めながらも、商業的には失敗に終わった例も少なくない。しかし、顧客のニーズを忖度してプロダクトにする発明型アプローチは、Appleの成功の要因としても頻繁に挙げられていることである。また、IT系ベンチャーでなくても、このような発明型アプローチを取る事業主はみなベンチャーであると定義することもできるだろう。

発明は転売なのか

前項で説明したようなイノベーションや発明は、往々にして少人数のカリスマによって行われる。これらのカリスマにとって、発明は情報を仕入れて転売する活動なのだろうか。

イーロン・マスクやスティーブ・ジョブズ革新的アイデアaを思いつくまでの経験集合input{ experience }に含まれる要素が少しでも現実のそれと異なれば、革新的アイデアaの内容や発見される時期は多少ズレていたか、最悪の場合は彼らが死去するまでの間に発見されなかった可能性はある。しかし、転売屋がAmazonでの市価を見越してブックオフのレジに本を持ち込むのと同じように、彼らは革新的アイデアaの発見を予定して経験集合を組み立てていったのだろうか。

著名なジョブズ氏のスピーチによれば、この仮説は棄却されるべきだろう。

先を見通して点をつなぐことはできない。振り返ってつなぐことしかできない。だから将来何らかの形で点がつながると信じることだ。何かを信じ続けることだ。直感、運命、人生、カルマ、その他何でも。この手法が私を裏切ったことは一度もなく、そして私の人生に大きな違いをもたらした。

つまり、転売型アプローチが顧客の明示的な要求から帰納して生産要素を仕入れ、加工することで収益を得るのに対して、革新的な発明は顧客の明示されていない要求を忖度し、それに合致する商品が過去の経験集合から偶然に発見されることによって得られるものと考えられる

FacebookPayPalといった個々のサービスがどのように発見されたかについて筆者は全然詳しくないが、創業者たちの脳裏には、「このようなサービスが提供されれば、多くの顧客が列を成して利用するはずだ」と思えるに十分なサービスの青写真が存在し、それ故に莫大な資本を調達し、開発や世界展開に投じたものではないだろうか。ザッカーバーグがプログラミングに多少長けていたように、彼らはどのようにすれば青写真が現実になるのかと言うことを、少なくともある程度までは知っていた

著名なZapposのように、靴の通販サービスという青写真はあったものの、いきなり巨額の投資をするだけの自信はないので、最初は非常に田舎くさい方法でテストを行ったような例もある。日本の大手企業も、一部の地域に限って新しい味の商品を投入することがある。これは、巨額の設備投資を行う自信がないからに他ならない。Amazonも、自信がないのでAmazon GoやEchoのテストに興じている。広告業界で著名なホプキンスの著書でも、テストマーケティングの重要性は強調されている。

一方で、自信満々のセブンイレブンはドミネーション戦略を敢行することによって、他のコンビニチェーンには期待できないような効率化と顧客粘着性を実現している。

どうすればジョブズになれるだろうか?

それでは、我々はジョブズになる為に何ができるだろうか。

第一に、顧客の非明示的な要求を忖度するだけの想像力が必要だろう。新聞やテレビからは読み取ることができな部分があると仮定するなら、人脈が広い方が良いかもしれない。自分も顧客のひとりになるような商品を作りたいなら、みずから様々な趣味や仕事に従事する必要があるかも知れない

outputにあたる商品の作り方についても、ある程度の知識が必要だろう。具体的には、現在の技術水準において何が可能で、何が不可能かについて知っておく必要があるはずだ。静電式タッチパネルの存在に気付かずに、iPhoneを発明することは難しい。

要するに、需要側である顧客の不満や理想に絶えず想像を巡らし、同時に生産側である産業、技術の動向についても情報を収集して、何がどの程度のコストで可能であるかを知っておく必要があるだろう。両者の具体的な方法は多数考えられるが、それはあまりにも多岐に渡るのでここでは扱わない。ただし時間は有限であるから、そこ過程においても、効率性の実現は必要となるだろう。

 転売的アプローチの未来と発明的アプローチの必要性

本稿の趣旨は、転売的アプローチには未来がない、というありふれた攻撃を行うことには所在しない。電力や鉄道、通信に代表されるインフラ産業においては、初期投資のコストが個々の顧客の需要量に対して絶大であるから、集積された資本による転売的アプローチが今後も必要になるだろう。

いっぽうで、転売的アプローチによって運営される事業には必ず、より大きな資本による参入、独占といったリスクが伴う。もともと発明的アプローチによって切り拓かれた市場であっても、ひとたびそのビジネスモデルが機能するということが明らかになった以上、大手資本は参入の機会を模索する。その後の競争が、既に機能することが証明された要件定義済みの商品を開発し、莫大な広告費を投入した販促活動が繰り返される転売的なものになることは論を俟たない。

この場合、最初に市場を開拓した優秀なチームに残されているのは、自分たちこそがファーストペンギンであると自負する誇り高き創業陣と開発者、幾許のネームバリューと顧客を始めとする先行者利益だけである。それは十分である場合と十分でない場合があるので、フリルの場合は十分優れた商品を最初に作りながらも、資本の豊富なメルカリに敗北してしまった。

このような失敗を回避する方法の探究こそが、実際のところ筆者の関心なのである。ひとつは、アプリ開発のような綱絡関係の事業ではなく、飲食店や雑貨店といった地理的制約を伴う業種で発明的アプローチを導入することだろう。次に、綱絡関係であっても、大手資本にとって参入の価値がない小さな市場に集中することである。

ところが、多くの創業者にとって上のような選択は魅力的とはいえない。そこで考えられるのが、発明的アプローチを連続的に行って商品を非連続的に改善し続け、ちょうどインテルAMDの追いつくよりも先にますます高密度な半導体を開発するように、大手資本を置き去りにし続けることである。

それを可能にするためには、個人にとって発明的アプローチがどのようにして可能となり得るのかをより深く探究し、繰り返し再現する必要がある。そこで、上のような論考に及んだ。

*1:インターネット

*2:あからさまに朝日新聞社が「仕掛けている」ように見えるが

*3:10年後までポジティブ・キャッシュフローを維持できれば、破産せずに学費を回収できた可能性もあるため

*4:低賃金な進路が保障されている大学の広告を電車で目にするたびに、そう思う。広報担当者がばかでなければ、効果があるから毎年掲出しているのだろう

*5:昨日までの経験からは予見困難な

*6:立入自由な本社社屋

*7:西荻窪に存在する素晴らしい店を含む