「人生経営」のススメ(1)

個人の生計は、企業の経営とほとんど同視することができるし、むしろ、同視するべきである—そう表現すれば、多くの人は驚くだろうか。

しかし、小さいながら会社を経営して一年半になる今、両者の境界線は私にとってますます曖昧になってきている。今回から数回に分けて、「人生経営」——会社経営の原則を応用して人生の指針を決定する方法について考えていきたい。

 

企業のリソースは資産だが、個人の主なリソースは時間である

企業は、手持ちの資産*1をあるときは商品の仕入に、あるときは人件費に、あるときは研究開発に充てることによって、なるべく長い間にわたって、その企業が最大の利益を獲得することができるように戦略を立てる。

いっぽうで個人は*2、基本的には時間を企業に売却(労働)したり、あるいは自ら経営者となることで時間を(経営する事業体という媒介物を外形上経由してはいるものの)社会に直接売却することによって生計を立てる*3

個人が生計を立てるにあたって、いわばベーシックインカム的な形で、すべての個人に割り振られているのが「時間」である。個人が企業と同じように、自らの所得が長期に亘って最大化されることを希望するなら、この時間の割り振りが大変重要となる。

ここで、なぜ個人の生計を所得を「売上」として生活費その他を原価・経費として捉える資産軸のモデルではなく、時間軸で捉えようとするのかという疑問が提出されて然るべきだろう。

その理由は、企業にとっての「倒産」がその資産が払底し、債務を履行できなくなるからであるのに対して、個人は資産を払底させ、債務を履行できなくなろうとも、倒産した企業のように消滅に追い込まれることはないからである。

個人にとって「倒産」に相当する出来事があるとすれば、それは「死」によって主観を失うことであり、それは同時に「時間」の喪失でもある。この観点から、ここでは資産よりも時間に焦点を当てて、個人生計の利得最大化を論じている。

販管費をカットし、投資に振り向けよう

個人の時間の使い方を、労働によって収益を得るための合理化として捉えた場合、労働時間である8時間がいわば「仕入原価」に当たることは論を俟たないだろう。

「売上」にあたる賃金・報酬等が最大化されるに越したことはないが、多くの人が見落としがちなのは、むしろ「販管費」にあたる生活に係る諸々の雑用——洗濯、調理、そして通勤といった時間である。

また、「投資」および「所得変動」についても、基本的な捉え方を説明しておきたい。たとえば所得が20歳時と比較して25歳で2倍になった場合、25歳時点における1時間は、20歳時点における2時間と等価になったということができる。労働時間は8時間のままだろうが、この違いを評価しないことは相当でない。

そこでこの点は、本来であれば24時間を超えることがない時間所得を、家計初年度からの所得倍率によって調整することが望ましいだろう。上の例のような場合、会計初年度における8時間を余分に得ていることになるから、1日を32時間と捉えるのが望ましい。

また、例えば有益な本を読んだり、学校に行ったり、体を鍛えたりすることによって、人は将来の所得を増大させるために、現在の所得機会を手放すことがある。このような行動を、一般に「投資」と呼ぶことができるだろう。

これを単なる暇つぶしや快楽追求の時間と同視してしまっては、「学校も行かずにひたすらコンビニのバイトで日銭を稼ぎ、あとは引きこもる」ような生き方が最も合理的という結論が導かれてしまうが、実際の生涯所得の統計を参照すると、多くの場合、学歴の高い人は少なくとも学費分と6年間(高校・大学)の機会所得ぐらいは取り返していることがわかるので、適切とは言えない。

そこで、ここでは一先ず「営業外費用」として取り扱うことにした。

実際にやってみた:筆者10月期の時間収支

以上ごく簡単に説明してきたが、折角なので、ここで筆者の10月期の時間収支を見てみたい。百聞は一見にしかず、さっそくランダムに抽出した五日間*4を参照して私の時間収支をまとめてみた。

f:id:nyaku37:20171104151603p:plain

 

 

(つづく)

*1:現金に換価できる資産

*2:「個人事業」となれば話は少し複雑になるが、ここでは措くとして

*3:空間を賃借・購入したり、他人の時間を購入して生活財を購入することができる

*4:10月26,23,22,17,14