Serve One Another

天網恢恢疎而不漏

金銭追求活動について

今日,同年代の友人2人と,新橋で飲んできた。案外いい店だった。

その中で,消費活動や所得に関する話をしたのだが,全体的な印象として,

 私の最近の考え方は,標準からほど遠いところにあるのか

 という意外さに満ちていて,色々と申し訳なくなってきた。

 

私が所属しているプレカリアートユニオンは,寡欲なところである。何かの祝賀行事でなければ,組織的に居酒屋に行くことはないし,飲酒をする場合も,多くはカクヤスで買って事務所内で飲む。非常に安い*1

それに慣らされてしまったのだろうか。鳥商社時代で一番贅沢をしたときは,共同創業者の池田君の勧めもあって,海南航空の飛行機の12時間遅延に疲れ果ててむしゃくしゃしたので,

インターコンチANAホテルのバーで1,500円のカクテルを2杯飲んだうえに宿泊した*2が,それ以上のことはなかったと記憶している。

それ以外は,もっぱら,ガストやバーミヤンに行くか,またはウエルシアで買った赤ワインを飲んでいた。今日話柄にのぼったような贅沢なんて,私にとっては,おカネがあってもなくても,縁遠いものなのである。

 

しかし,私は日頃,プレカリアートユニオンの活動として,金銭を目的に労働基準法に違反するブラック企業を批判している。これは,例のクララオンラインや,クリエイトエス・ディーなど,色々なものを挙げることができるのだが,

たとえば,このような演説をする*3

家本賢太郎社長のクララオンラインは,なぜ,金銭を獲得するために,タイムカードを捏造したのでしょうか。

家本賢太郎社長,私は,あなたの,5分の1未満の家賃のアパートに住んでおります。しかし,堂々とたたかい,今日もここに来ております。

なぜ,あなたは,法律をまもって,まっとうな生き方をすることよりも,目先の金銭,おカネを必要とするのでしょう。

10ヶ月もの間一緒に働きましたが,ついにわかりませんでした。私は,金銭を獲得できることよりも,道徳的であることを選びます。

家本賢太郎社長,ぜひ,ここに来て,答えて下さい。なぜあなたは,金銭を目的として,労働基準法に違反したのですか。あなたにとって,経営は金銭なのですか。

内閣府男女共同参画会議,議員の家本賢太郎社長。社会と金銭,どっちが好きなのですか。

私は,きわめて真剣に,右の演説をしている。基本的に,「個人的な金銭獲得を目的に,公共的規範である労働基準法に違反した」という点に力点を置いている。

 

私とて会社を立ち上げたことはあるのだが,既に述べたように,金銭の使い方はよくわかっていない若造なので,会社とは言っても,金銭獲得を目的にやっているつもりはなかった。発見を形にしていくプロセスと,多少の自由があることが楽しかった。

個人的には,この立場に一番共感する。

 

hg26.blogspot.com

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人生を快適なものにするすべてのもの――それを運命はゆたかに彼に与えたが――を誇ることもなく、同時に弁解がましくもなく利用し、そういうものがある時にはなんら技巧を弄することもなくたのしみ、無い時には、別に欲しいとも思わなかったこと

 

で書いたように,リーマン後,私は,妹が2人いるのに世帯年収200万円の生活をしたことがあるから,ないときにはべつにほしいと思わず,欲求の側を調節して生きていけるのである。これが当然だと思っていた。

 

ところが,今日友人と話して,私やプレカリアートユニオンが日頃批判している,家本賢太郎氏や廣瀬泰三氏の金銭獲得活動を,むしろ理解すべきなのではないかと思ってしまったのである。

私の父などは,私よりも,金銭獲得が好きである。もっともその金銭を,私やふたりの妹に,ほとんど投入してしまうのであるが。父だけでなく,昔の男たちは概して,今の私たちよりも強欲で,欲求を満たすことに目がなかったという。

 

かつて当家がそうであったように,おカネに余裕があると子供も多いから,5人も子供がいる*4家本賢太郎が,私の父以上に,おおくの金銭を獲得したい,単に育てばいいのでなくて,全員を医学部にやりたいという位の気持ちになることや,ヘリコプターに搭乗し,高級マンションに住みたくなるような気持ちが,少しだけ理解できた。

だってみんなそうなのだもの。

 

みんな金銭を獲得したいし,獲得するためならば,バレない範囲でスピード違反をしている。みんなと同じ違反をしただけなのに,ウチにだけプレカリアートユニオンの街宣が来るのはおかしい。

うーん……そうなのだろうか。でも,私が金銭を志向する側であれば,そう思うに違いない。理解の余地はある。

 

この点はしつこいほど強調したいのだが,私は,公益を目的に生きてきた人物ではない。反公益的なことを避けたいという気持ちと,自らの価値観に反することはしたくないという気持ちの衝突の中で,いつも隘路を進んできただけの,優柔不断の士である。

しかし,労働組合の活動は,演説を含めて,公益を知る庶民たちの心に訴えかけるためにするものだ。社長がエラいからとか,*5弁護士屋を沢山傭うことができたから正しいという,金銭力による良識の破壊を,許さないために行うものだ。

そうした中,私や組合の考えがむしろ社会のそれから離れていて,多くの人は,なるべく手段を選ばずに,金銭追求活動をもっと盛んにやりたいところ,それに運良く成功したブラック企業の社長を,金銭追求活動のために手段を選ばないからという理由で非難しているのであれば,どうしよう,と考えた。

金銭追求活動を志向する彼らがあたりまえであって,金銭追求活動を抑制し批判する労働組合が,むしろ反社会的なのだろうか。んんん???

 

帰りの銀座線で,最後のひとりになるまで居座り,降車客ひとりひとりの顔を,まじまじと見つめた。あの人もこの人も,金銭を強く要求しているのだろうか*6

よのなか,広い。長さ20メートルの銀座線の車輌1両の中にさえ,どんな思念が詰まっているかわからない。

*1:ユニオン運動センター内の組合が全部こんな感じ,という意味ではない

*2:ひとり頭13,500円

*3:曖昧に思い出して書いているものなので,家本賢太郎氏の弁護士屋さんは,時間の無駄であるから録音データと照合しない方がいいと思う。でも,照合作業をやってタイムチャージを請求すれば,これまた金銭獲得の大チャンスである

*4:私が暴露しているのではなく,家本賢太郎みずから,ブログのプロフィール欄にそう書いている

*5:高いメシばかり食べてプニプニした……弁護士というのは全般に,会うたびに,デーン!!とばかりぜい肉を見せつけられるので,不愉快である。弁護士屋と接点のない生活がしたい

*6:何に使うんだろう……

鳥商のおもひで(5)

あっけないものであった。

私は,その場で制服などを没収され,スーパーを放り出された。

 

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(解雇の様子。黒塗り部分は,和解条項のためやむを得ず非開示)

 

人間同士の関係には,つねに,始まりと終わりがある。しかし,ほとんどの場合,始まりにも終わりにも,「話し合い」という過程が介在する。労働契約の場合,これは「採用面接」や「書類選考」にあたるだろう。

会社を辞める際にも,ふつうは,時期や条件,理由について,それなりに話し合った上で退職する。しかし,解雇というのは,これらの話し合いの一切をスキップして,一方的に,労働者を会社から追い出す行為である。

ここに,「解雇」という行為の特異性がある。

 

私は,スーパーを追い出された直後,動転して,自転車で出勤したのに徒歩で帰宅した。というのも,今後どうすべきか,必死で考えていたから,あれほど好きで高知から持ってきた自転車のことさえ,忘れてしまっていた。

 

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(高知から持ち出す際,まさに解体されようとする本件自転車)

 

私は,必死で記憶をたどり,プレカリアートユニオンという労働組合に電話をかけた。

 


この組合に知人がいたわけでも何でもないが,概して左寄りの国際基督教大学*1の効用か,かつて,引越社事件に関する宣伝が,Facebook上で流れてきたことがあったのである。

それで一度ウェブサイトを見たことがあり,そのときの印象が残っていた。

 

私は,家路を,急ぐこともないのに急ぎながら,プレカリアートユニオンに電話をかけた。清水直子委員長が電話に出た。この時,私の説明があまりにも要領を得ないので,結局何が問題なのかと,叱責された覚えがある。

その日か,またはその翌日,私は初台駅にあるプレカリアートユニオンに出向いて,清水直子委員長と面会した。

清水直子委員長は,大変さばさばとした人で,当時としては,コワい女の人だなあ,という*2印象を受けた。しかし,当時のやり取りにおいて,唯一覚えているのは,

労働組合は,サービスの提供を受ける場所ではありません。加盟や脱退はあくまでも自由ですが,労働組合を,安い弁護士だと思っていて,自分の件が片づいたら脱退してやろうと考えているのであれば,加入してもらわない方がいいかもしれない。

組合は,あくまでも,助け合いを行う場所です。そのことを理解して加盟してくれるのであれば,私や,組合の仲間は,助力を惜しみません。

 と,コワい顔で宣告されたことである。

私は,実をいうとコワかったので,つまり,この要求をはねのけて席を立つ勇気がなかったので,わかりましたと答え,組合に加盟した。

 

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(当時の労働契約書)

 

組合に加盟したところ,清水委員長は,その場で団体交渉申入書を作り始めた。これはプレカリアートユニオンの伝統のようで,今でも,加入と団体交渉申入書の作成は,セットとして扱われている*3

 

そして,この日から1ヶ月後,最初の団体交渉が開催された。解雇されたスーパーの本社前で,清水委員長と合流した。

しかし,この団体交渉に前後して,私は,鳥商日本株式会社を,正確には,その前身となる個人事業を,開業していた。屋号は,「穰商事」といった。

これは,祖父である前田穰からとったもので,親戚内では,顰蹙と賞讃を同時に集めた。私も前田穰も,賛否が鮮明に分かれる生き方をした人物であるからだ*4

 

私は,穰商事をすでに開業しているから,解雇なんかコワくないという,普通でない心構えを秘めて団体交渉に臨んだ。べつに隠していたわけではないが,清水委員長には,このことを知らせていなかった。

 

ようやく鳥商社が設立された。次回は,この団体交渉の様子と,穰商事の業容を中心に筆を進めていきたい。

*1:ちなみに,この解雇されたスーパーのすぐ近くに,先輩曰く「左翼のカフェ」と言われるナゾのカフェないしレストランがあった。経営者も従業員も全員左翼であって,国際基督教大学から毎年アルバイトを大量採用しているらしい。あれは何だったんだろう。一緒に行く人募集中

*2:あまりにも幼稚な

*3:従って,加入するときは,手続に3時間ぐらいかかると覚悟するべきである

*4:前田穰は,徳島県の人で,運良く衛生兵として徴兵して戦死を免れ,復員後高知県内で職を転々とし,ガソリンスタンドを開業したものの,部下に現金を持ち逃げされて倒産し,サラリーマン暮らしに戻ったひとである。その後,ボランティア活動として,県内山林部の放置林を伐採していたところ,心不全を起こして急死する。これでも,個人的には尊敬している。大人しいように見えて,破天荒な行動を起こすひとだった

鳥商日本株式会社に関する謝罪公告

元会社経営者の端くれとして,最低限の責任を取る目的のもと,下記の謝罪文を,すべてのご関係者さまに対して,差入れます。

鳥商日本株式会社に関しては,私の不徳のゆえ,下記の謝罪文に列挙されている以外にも,多くの方に,大変なご迷惑・ご心配をお掛け致しました。

この場を借りて,心よりお詫び申し上げます。

 

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本件に関連して,株式会社クララオンラインおよび家本賢太郎氏が,確定判決はおろか,何ひとつとして具体的な証拠がないにもかかわらず,あたかも私が犯罪行為をしたかのような処分を行い,これを周知させていることから,

私が,懲戒解雇の事実を公にした以上は,同時に,このような犯罪行為をしたことがないことを釈明する必要があるので,謝罪を趣旨とする文書でありながら,この点について紙幅を割く必要があったことをご説明するとともに,謝罪いたします。

鳥商のおもひで(4)

なんだか,アクセスが多い*1

実は,この連載を書くようにと勧めてきたのは,組合の理事である。

今は,まだ鳥商社が設立される前のことを書いているので,まったく組合活動らしくない展開になっている。

しかし,最近のことに話が進めば,労働紛争の記録としても,それなりに面白く,かつ,私自身が,プライバシーの権利をほとんど放棄しているため,非常に詳細かつ具体的な話ができると思っている。

このように,プライバシーにまったく配慮せずに,堂々と過去のことを語ろうと思った動機として,岡田基一判事の影響が大きい。

 

 

 

この判事は,東京高裁に勤めるエリート裁判官でありながら,実名で身分を明かしつつ堂々とTwitterをやり,自身のヌード写真を掲載し,そのために,分限裁判の憂き目に遭うものの,その書面さえ,まるごと公開して,堂々とたたかっている。

怪しいことや,悪いことをしていないから,できるのである。

 

ちなみに,怪しいことや悪いこと*2をしたことがある,家本賢太郎社長(株式会社クララオンライン・鳥商日本株式会社)は,なぜか,組合のTwitterがこの社長を批判し始めたときから,ブログの更新を止めている*3

 

 

私は,内閣府男女共同参画会議の議員を務めたこともなければ,タイガーマスク基金の監事を務めたこともないので,かれの3分の2の年齢はあるのに,その1割の名誉さえない。

また,公益のために活動してきたわけでも,正義のためにたたかってきたわけでもない。ひたすらに,関係者の利害と自己の選好の調整をはかり,かろうじて,一筋の道を見つけて,ひた走ってきた。

しかし,鳥商社資産の横領*4はおろか,およそ社会一般の非難に値する犯罪行為は,1回しか,したことがない。

何をしたかって?

小学校6年生の頃,親のサイフから6万円を盗んだのである。ほぼ全額をブックオフで費消して,こっぴどく怒られた。

この事実を白状してしまった以上,私にはもう,隠すことなど,何ひとつもない。

 

そのうえ,間違ったことをしていないときは,堂々と身分を明かしつつ語った方が,つよい。さきほど,岡田基一判事のことを紹介したが,同じように,自身の考えを堂々と語っていた判事で,失職に追い込まれた人もいる。

井上薫判事である。『司法のしゃべりすぎ』という新書を上梓したが,あっさりと,雇止めに遭った。裁判官には任期というものがあって,これを更新しないことは,基本的に,行政*5の自由なのだ。

では,岡田基一判事が,雇止めに遭わないのは,なぜか。私が思うには,誰よりも,堂々と,活動をしているからである。雇止めにすれば,連日の抗議集会*6さえ組織されかねない。野党の政治家の介入を招きかねない。最高裁はたまったものじゃないだろう。

したがって,私も,この判事にならって,堂々と身分を明かしつつ,筆を執ることにした。

 

***

 

話は,もどる。

私は,近所の某スーパーで,惣菜係として働くことにした。このとき,私は,これ以外にも2つほどのアルバイトを掛け持ちしており,大変多忙にしていた。

元々やっていた,コジマ電気の時間を増やすよりも,沢山の就労先に,分散させて,それぞれ,短時間勤めるようにしようと考えた。

 

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(当時の名刺。不要品をうりつけるのは心苦しかったが,お客さんや先輩には,恵まれた)

 

そして,就労先の中心点にあるマクドナルドなどで,空き時間に勉強や,その他したいことをしていた。

 

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失業者ゆえ,ヒマを持て余しているので,当時の就労状況を地図に示してみた。

青い点が当時の自宅であり,5カ所の赤い点が,当時の(最大時の)就労先である。全部,自転車で移動していた。

そんな就労先のひとつであるスーパーで,事件は起きる。

惣菜係らしく,揚げ物をパックに詰めて陳列をしていた,ある日のこと。先輩の,それなりに頼りにされているパートのおばさんが,牡蠣フライを,床に,おとした。

私はすこし驚いたが,捨てればいいだけのことなので,特段,気にも止めなかった。ところが,次の瞬間,そのおばさんは,牡蠣フライを拾って,なにくわぬ顔でパックに詰めたのである。

パックは,そのまま,売り場に運ばれていった。

 

唖然とした。10分ぐらい逡巡した後,おばさんに話しかけ,さっきのはまずいだろうと問い詰めた。おばさんは,ああそうですか,ごめんなさいね,はい済みませんでした,と,開きなおった。

パックを回収しようと売り場に出たが,その牡蠣フライは,もうなかった。

その日の夕方,出勤してきた店長に,このことを話した。店長は,渋い顔をしながら,報告としては承った,という趣旨のことを言った。

 

翌日,私が出勤すると,スーツ姿のエリアマネージャーがいた。

 

「きみ,わるいけど,辞めてくれないかな」

 

不当解雇の瞬間だった。このとき,鳥商社設立の,2週間前である。

*1:時間を無駄にしたという趣旨の損害賠償請求は,うけつけない

*2:のちの記事で,さんざん,紹介することになる

*3:家本氏は研究熱心なひとなので,内容自体はそれなりに面白く,楽しみに読んでいた。早く再開してほしいものである

*4:3万円から497万円までコロコロ変わっている

*5:あべぴょん

*6:原発テントのような何か

鳥商のおもひで(3)

入学したはいいものの,この時以来,私にとって不幸の日々が始まる。

この時期を端的に示している記事がこちら。

serve1another.net

まさにtOriPayを思いつく直前に,今から詳細に記載する,2015年前後の出来事を,振り返って書いた記事である。

 三鷹の大学を離れてちょうど一年ほどになるが、あれほど人生最高の時間を期待して、実際には人生最悪の時間を過ごした日々はなかった。

これからの若い人にはぜひ上のような失敗を回避し、自尊心と自負心とを大事にして、前へ前へと進んでもらいたい。

 ……ひ,ひどい。

 

何がどうなかったというと,話は,極めて単純であった。

私の発想は,基本的に保守主義である。深圳も上海も銅鑼湾も,嫌いではない。しかし,基本的なスタンスは,

刺戟的な体験をもたらしてくれる外国や外国人は好ましいが,私の気分や体調は,つねに,状況による変動から自由ではない。 

したがって,刺戟的であっても一定の負荷がかかる外国的なコンテンツは,私が希望するときにだけ,いつでも触れられるのが理想であって,外国的なものが私の目前にやって来て,私生活上の安寧を破壊することは,断じて阻止しなければならない。

なのである。

したがって,疲労すると,自動的に,外国は嫌い,北海道なり沖縄なりに出奔して安穏と暮らしたい,という趣旨のことを言い始める。

 

 そうした中,この時は,相当に疲労していたのだろう。

入学後,大学当局は,本格的に第二男子寮を取り潰すべく,学生の意見を聞いたという口実を作る目的で,新新二寮支援会議,というような名称の会を設置していた。

 

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(第二男子寮集合写真。下段右から2番目。一番右のヤツはすごいコンサル屋になったが,私はこの風体である。あのさぁ,散髪ぐらいちゃんとしろよ……)

 

この会で,第二男子寮を取り壊して,新新二寮という意識の高い,某ゼネコンに大枚をはたいて作らなければならないような学生寮を作る必要がある理由として提示されたのが,

LGBTである学生への対応 

 だったのである!

ご存知かどうか知らないが,国際基督教大学では,CGS(ジェンダー研究センター)という一種の研究室があり,これを目当てに入学する者もいて,一定の勢力を維持している。

もちろん教授にも,これを応援する勢力が多いわけで,これら教授の声が通った結果が,第二男子寮の解体だったわけだ*1

今にして思えば,どうだろう。LGBTやそれを支援する人々が悪であるとは思わない。しかし,それによって家を追われるまでに至ったとき,読者の皆さんも,どう思うか,考えてみてほしい。

イスラムの人がこれから移住するので,この町から退去してください,と行政に呼びかけられたら,ひとはどう思うのだろう。少なくとも当時は,そんな気分だった。

そこで,このジェンダー関係のひとと,論点を問わず,勝利することを目的とした,議論をすることになった。ここが,決定的な脱線であった。

権力者でないもの同士が,勝利を争って議論をしても意味がない。意味があるとすれば,相互に新しい知見を得て,思考力を高めることぐらいである。それなのに,この際技巧でも策略でも威圧でもいいからと,政治的利害を目的とした議論に,脚を,深く突っ込んでしまった*2

 

このとき,損をしたのは,一方的に私のほうであった。

なぜなら,もとより数的に劣勢であったからだ。国際基督教大学は,けっして,「いい大学」ではない。費用の使途は不明瞭極まるし,箱物行政のウラには,某有名建築家の影が見え隠れするし,官僚は無能かつ高給だし,役職付の教授自ら,逮捕者が出るような過激派のデモに,学生を連れて行くこともある。

公安調査庁のスパイは,学内を,常時,たむろしている。こんな意味不明で,かつカネのかかる,自治のない学校には,行くべきではない。私は,本当に後悔している。

数的に劣勢であれば,議論の内容にかかわらず,勢力内の互助システムに乗せて貰えないので,他人は誰もそうしていないのに,ひとりだけ,純然たる「実力勝負」を迫られる。

その結果,私は敗北したのである。悪いことに,私は私の政治的な見解を,プライベートな世界にまで持ち込んでいた。生来,議論が好きであったのだ。

元来狭いコミュニティであったため,私は,たちまち居場所を失った。

居場所を失うと,ひとは,視界が狭くなって,無理な行動をするものである。その結果,政治的問題の範囲を超えて人望を失い,ここでは,犯罪者呼ばわりされた上で,学園祭実行委員会を解任された。2票差であった。

 

このとき,私は,社会そのものを解任されたのだと,強く感じた。実家では,家族が,なんだかんだで抱擁してくれたものであるが,東京でひとり暮らし*3をすると,そんな味方はいない。

かといって死ぬ勇気もないし,いっぽうで,私にいわせれば,政治的目的から逆算した思考を,あたかも知恵であると標榜しているところの,「教授」らの話を聞いて,ワンワンと吠えて単位をもらう気持ちは,毛頭なかった。

私は,退学届に署名して,親元に郵送した。親は,私の学費を払っていたわけではなかったが,退学に,断固として,同意しなかった。結局,ここでは,休学として様子を見ることになった。

 

私は,はやく生計を立てて,または,別のもっとマシな大学に転学して,吐き気のしない人生を送るべく,本格的な就労を開始した。

土日を中心にやっていた,コジマ電気パートの販売員に加えて,平日も,なるべく働くことにしたのである。この時は,何でもやってみるという気概があったのか,警備員まで,やった。

そして,あるとき,私は,食品スーパーの惣菜係に採用された。鳥商社が設立される,2ヶ月半ほど前のことであった。

*1:むろん大学当局は,老朽化といった,それっぽい理由をもあげているが,これは最終的に,証拠によって明確に否定されている

*2:この後色々と勉強するが,政治的な,つまり結果がすべてであるという考え方によっておこなわれる言論活動の恐ろしさは,筆舌に尽くしがたいものである。しかし,LGBTの人らは,そのような世界に没入して,不当である点が少しぐらいあっても,これを継続せざるを得ないほど,既存の世界から追い詰められていたのであろう。シオニズム的発想の犠牲者となった私や第二男子寮は不幸だと思うが,このような人々の居場所は,ユダヤ人同様,どこかで用意されるようにしないと,彼らとしても,このように,それと分からない形で政治的優勢下で,ある種の暴力を行使して,これを確保するしかない,ということになるのだと思う

*3:このころ,第二男子寮はちょうど潰されている

鳥商のおもひで(2)

雪の中,私は,武蔵小金井駅からほど近い,ボロ宿に泊まった。

東京の民宿に泊まるのは初めてだったし,こんなイトーヨーカドーがあるような駅にも,民宿なんてものがあるとは思っていなかった。

そのとき,東京は久しぶりの雪であった。雪ならば自転車は使えないというのが通説であるが,私は,かまわずに自転車にまたがって,一路目白駅を目指した。中学のころの旧友に,会いたかったのである。

とにかく雪ばかりの道で,これほどの雪には,東京に住んでいたときにもであわなかったと驚きつつ,転倒しないように走った。タイヤは巾40ミリの頑強なものであったので,無事,走破することができた。

そして,その雪もまだ溶けないうちに,武蔵境駅から小田急バスに乗って,国際基督教大学の受験会場に向かった。後になって知るのだが,この受験案内のアルバイトは時給1,000円ぐらいだったようだ。寒い中,本当に気の毒である。

受験の様子はあまりよく覚えていないが,ごく普通に,解けそうな問題を解いて,落ちたらハローワークに行けばよいと,あっさりと過ごしていた覚えがある。また,当時は公務員試験によく似た知能検査の科目があったので,この点,有利だった。

 

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というより,ハローワークには,既に登録していたのである。不合格を前提に行動していた。このドクトリンは,鳥商社設立後,現在に至るまで,私にとって,有利にも不利にも,大いに作用することになる。

しかし,事実は小説よりも奇なりとはこのことで,この入学試験で,私は久しぶりの「勝利」を収めることになった。

 

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探したら見つかったので,この際アップした*1。この時,飛び上がったのは私ではなく,母親のほうであった。私の方では,よくわからずに,引越か面倒くさい,と往生していた覚えがある。

でも,公務員試験の一件以来,私をバカにしていた同級生から,今後,金輪際笑われずに済む*2ことについては,ある種の満足を覚えていた。今でもそうだが,私は,ほしかったものが手に入ることよりも,目前まで迫っていた危険や恐怖から免れることによって,歓びを感じる人物なのである。

 

結局,学歴というものをどう評価,処理すべきかは,今でも,私のなかで,結論が出ていない。学歴のあるひとや,修士博士の人と話すと,たしかに,性別を問わず,私にとって十分と思えるほどの,教養を感じさせてもらえる。比喩表現として「方広寺鐘銘事件みたいですね」といったとき,理解して微笑んでくれるひとは,実際,高学歴の人からしか,見いだせない。

例えば,私が女性関係で,一切そういう気がないことは,最早,顕著な事実なのであるが,これも,一時期体重88キログラムに達したことを除けば,とにかく,妹や,小中学校の女子がのめり込んでいた(いる)ような,キャラクターなりジャニーズなりディズニーなりブランド品なりについて,いっさい,価値が理解できなかったことが,事情として大きい。知性が性別的な差異に,優先する*3と気付かされたのは,ここ半年ぐらいの話なのである。

いっぽうで,高卒ないし中卒の人は,話題が合わない*4ことは事実であるものの,気性としては概ね素朴であって,人にもよるが,おそらく生活上の必要から,私の生活態度*5に,より近いものと感じる。好感が持てるし,このような純朴な人が幸せになれるような社会のほうが,ホリエモンホリエモン的生活を志向する人が,六本木で無限の欲望を追求できる社会よりも,好ましいのではないかと感じる。

したがって,この合格通知書の評価について,私は多くを論じない*6

 

ともっかく,結局入学することになっところ,これは大変であった。高知の実家を引き払い,学内にあった第二男子寮というところに,押しかけた。

 

(次の記事で鳥商,という予告はウソになった。ごめんなさい。そのため,この記事は即時公開にして,さっさと,鳥商が出てくる記事を執筆することとする)

*1:これ以外にも,この連載では,なるべく,具体的な証拠や書面をアップしようとおもっている

*2:しかし,高卒で警察官になった友人は,いま,クララオンラインの2倍ぐらいの年収を手にしているはずだから,やっぱり笑いものかも知れない

*3:ことがある

*4:私はここ6年間テレビを所有していないし,モバゲーもパズドラもやらない。インテリだからではなく,興味がないからやらないのだ

*5:半額の惣菜や業務スーパーを厭わない態度

*6:もちろん,この話自体が嫌味であるという指摘も,佳子様のお陰で,あり得るところなので,基本的に実社会では,あまり話していない。この連載は,私の,鳥商社前後の経歴を,包み隠さずに披瀝する趣旨なので,腹が立った人は,早く私をブロックするほかない。

鳥商のおもひで(1)

とある人に推奨されたので,「鳥商のおもひで」と称する,連載を書いてみることにした。

鳥商社*1というのは,私が,2016年5月25日に設立して,2018年3月13日まで経営していた,ちいさな会社のことである*2

また,関連して迷惑をかけたおおくの人には,先月まで,クララオンライン側の就業規則という桎梏があったのだが,なくなったので,まもなく謝罪文を掲載したいと思っている。

私は,2014年4月ごろ,国際基督教大学に入学したことがある。とはいっても,これは不本意入学であって,本来は,裁判所事務官になりたかった。中学のころから,なぜか「判例時報」とか「判例タイムス」とかを読んでいたので,何となく好きだったんだと思う。しかし,カネがないから大学には行かれないとの観念のもと,受験したのだろう。

高知西高等学校に通っていたころ,学課の3分の1をサボって,高知城の公園や鏡川のベンチでハトに餌をやりつつ,公務員試験の勉強をしていた。当家はこのころ,リーマンショックで没落したうえに離婚し,世帯年収200万円弱の,極貧生活を送っていた。

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Wikipediaより:鏡川

そんな中,私は,高知西高校で,数少ない友人に支えられながら,似合わないメガネをかけて,ひたすら,サボりと読書によって過ごしていた。センター試験に向けて一丸になって,といった趣旨のことを申し立てる教師や同級生が,ついぞ理解できなかった。一丸どころか,みんな高知大学に行きたいのだから,全員敵じゃないか。言っていることがあべこべだった。

しかし,そのことや,受験競争自体が教育産業の陰謀ないし搾取だということを,指摘すればするほど,私は,学級で孤立していった。そうして,毎日ハトに餌をやってから3限に登校しては,昼食のから揚げを,数少ない友人(今でも非常に感謝している)と食し,居眠りと読書で6限までを過ごし,音楽部の活動をやってから帰宅するような生活をしていたのである。

この時点で公務員に向いていないことは最早明らかであるから,高知地裁*3は,じつに慧眼であったかも知れない。筆記試験を通ったものの,面接試験であと2名分届かず,裁判所三種の試験に不合格したのだ。

実に恥ずかしかった。翌日,登校したとき,これまでにないほど,恥ずかしい思いをした覚えがある。既にセンター試験にむけて「団結」している学級を敵に回していたので,それはもう,恰好の笑いぐさになっていたのである。

その後,音楽部の活動でも散々に失敗をしたが*4,それでも,私は私を曲げることはしなかった。

センター試験は,高認試験に合格していたことをネタに,学校を関与させずに申し込んだし,前日の夜は,悪友と,学校近くのうどん屋に行き,次いでカードゲームをやってさわぎ,当日は11時半に起きて,結局サボった。とにかく,山崎パンのパンのようになりたくなかったのである。

しかし同時に,私は,国際基督教大学に願書を送っていた。たまたま,高知市街の金光堂という書店で赤本をみつけて,これは(問題が)面白いといって飛びついたところに母親が目を付け,みずほ銀行から学費を借金できる制度があったので,是非受験しろとプッシュされたのである。

そのため私は,小遣いを貯めて買った自転車を飛行機に載せて,雪のなか,勇躍東京に向かった。後日,おおくの知人や親戚から,受験に自転車を持って行くなどけしからんと,怒られた。

 

(前座が伸びてしまった。次回記事で,鳥商社の設立まで書こうと思っている)

*1:このウェブサイトは,何もしていないので,もうすぐなくなると思う

*2:会社ではなかった時期もあるし,商号が別だった時期もあるが,面倒くさい割に説明する意味がないので,ここでは,一貫して鳥商社と称する

*3:採用活動自体は高松高裁だったように思うが

*4:ここでは,極めて同情的に扱ってもらえた